青鬼への贈り物
年が改まり、小田城は新春の祝いに包まれていた。
門松が立ち、家臣も領民も晴れ着に身を包む。
城内では祝いの相撲が催され、大人たちの取組に歓声が上がっていた。
「のこった! のこった!」
力士がぶつかり合うたび、子どもたちも目を輝かせる。
やがて待ちきれなくなった子どもたちは、土俵の脇で互いに相撲を取り始めた。
「負けないぞ!」
「えいっ!」
勝った子は飛び跳ね、負けた子は悔しさに唇を噛む。
泣き出す子もいれば、大人へ駆け寄る子もいる。
それが子どもらしい姿だった。
その輪へ、氏治と小山義広も加わる。
「義広殿、お願いします!」
「はい、氏治様!」
二人は礼を交わして組み合った。
勝負は義広の勝ち。
氏治は尻もちをついた。
「勝負あり!」
義広は慌てて手を差し出す。
「氏治様、大丈夫ですか!」
氏治はその手を握って立ち上がると、にこりと笑った。
「義広殿、強くなりましたね。」
「ぼくも、もっと稽古します。」
義広は照れくさそうに頭を掻く。
周りの子どもたちも、その様子を見て負けた相手へ自然と手を差し伸べるようになっていた。
その光景を、一人の武将が静かに見つめている。
宇都宮尚綱。
坂東にその名を轟かせる「青鬼」である。
氏治は次々と子どもたちと相撲を取る。
不思議なことに、力の弱い子とは最後まで競り合い、ときには惜しくも負ける。
しかし年長で力のある子が相手になると、鋭い足運びで体勢を崩し、見事に勝ってしまう。
尚綱は小さく笑った。
「……見事だ。」
傍らの小田政治が首を傾げる。
「何がでございますか。」
「あの子は力を隠しておる。」
「勝てる相手には勝ちを譲り、自信を持たせている。」
「だが、自分より強い者には全力で挑み、己を試している。」
政治は驚きを隠せなかった。
「そのようなことを……。」
尚綱は静かに頷く。
「勝ち負けではない。」
「相手の心を見ておる。」
「幼子とは思えぬ。」
氏治は負けて泣きそうな子へ歩み寄り、その頭を優しく撫でた。
「次はきっと勝てます。」
「ぼくも負けましたから、一緒に稽古しましょう。」
その言葉に、泣いていた子は笑顔を取り戻した。
尚綱はその姿を見て、確信する。
(人を従える者ではない。)
(人が集まる者だ。)
宴が終わり、人払いが済むと、尚綱は政治へ向き直った。
「政治殿。」
「はっ。」
「雪が解けたら、氏治を宇都宮へ寄越していただきたい。」
政治は少し驚く。
「氏治を……。」
「我が館で暮らさせるのだ。」
「宇都宮の兵、弓、馬、人を見せたい。」
「この子は、小田だけで育てるには惜しい。」
政治はしばらく考え、やがて静かに頭を下げた。
「ぜひ、お願いいたします。」
氏治は目を輝かせる。
「本当ですか、おじ上様!」
「ああ。」
「春になれば迎えを出そう。」
「楽しみにしております!」
◇
それからしばらくして。
雪がなお残る宇都宮城へ、小田から一人の使者が訪れた。
「若君・氏治様より、新年の贈り物にございます。」
尚綱は箱を開く。
中には見慣れぬ弓が納められていた。
和弓よりも短く、強く反り返った姿。
握りも中央に近い。
添えられた文には、幼い文字が並んでいた。
おじ上様へ。
むかしの蒙古来襲絵巻や古い書物を読んで、領内の木や角や筋を使って作ってみました。
軽くて遠くまで飛びます。
でも、お手入れが大変で、雨の日はあまりよくありません。
もっと良くできるかもしれません。
氏治
尚綱は静かに弓を持ち上げた。
庭へ出ると、自ら弦を張り、矢をつがえる。
放たれた矢は風を切り、普段の的場を大きく越えていった。
「……!」
家臣たちがどよめく。
「なんという飛距離。」
「和弓とはまるで違う。」
尚綱は弓を見つめたまま、しばらく動かなかった。
やがて小さく笑う。
「ただ珍しい弓を作ったのではない。」
「欠点まで見極めている。」
『雨の日はあまりよくありません。』
その一文が、尚綱の胸に深く残る。
「つまり氏治は、晴れの日だけではなく、雨の戦まで考えて試したということか。」
尚綱はゆっくりと弓を撫でた。
「面白い。」
「春が待ち遠しい。」
「早くこの甥と語り合いたいものだ。」
冬空を見上げる青鬼の口元には、自然と笑みが浮かんでいた。




