坂東を結ぶ友
川越合戦が終わっても、下野国南部に平穏は訪れなかった。
武蔵との国境ではなお争いが絶えず、北では上杉方の残党が動き、西では北条が勢力を広げている。
その狭間に立つ小山家は、兵を休める間もなく戦支度を繰り返していた。
館では家臣が報告する。
「また武蔵境にて小競り合いが起こりました。」
当主は静かに目を閉じる。
「……またか。」
「南に北条、西に上杉。」
「我らは常に戦の最前線だ。」
その時、一人の老臣が口を開いた。
「殿。」
「常陸の小田家より、不思議な噂が届いております。」
「幼君・氏治様が、川越合戦で北条の夜襲を言い当てたとか。」
「さらに真壁幹久や宍戸政繁までも心服させたと聞きます。」
当主は苦笑した。
「幼子の噂など尾ひれが付くものだ。」
「しかし……。」
「一度、この目で確かめてみたい。」
視線は広間の隅に控える一人の少年へ向けられた。
「義広。」
「はっ。」
「そなたを小田へ遣わす。」
「遊び相手として過ごし、その若君がどのような人物か見てまいれ。」
義広は深く一礼した。
「承知いたしました。」
◇
数日後。
義広は小田城へ到着した。
迎えに現れたのは、自分と同じくらいの背丈の少年だった。
「ぼくが氏治です!」
屈託のない笑顔だった。
義広も自然と笑みを返す。
その日から二人は毎日を共に過ごした。
朝は真壁幹久の木剣の稽古。
昼は治彦から歴史や兵法を学ぶ。
午後は弓を射て、相撲を取り、城下を歩く。
義広は驚いた。
戦ばかりの毎日しか知らなかった自分とは違い、氏治は人を知り、国を知ることを楽しんでいた。
だが、その穏やかな日々を破るように、小山から早馬が駆け込んでくる。
「急使!」
「武蔵境にて争いが起こりました!」
義広は静かに息をついた。
「またです。」
氏治が尋ねる。
「そんなに多いの?」
「はい。」
「静かになったと思えば、また戦です。」
「父上も家臣も、休む暇がありません。」
氏治はしばらく考えていた。
やがて義広を見て言う。
「だったら。」
「家族になればいいのに。」
「……え?」
義広は首を傾げる。
「ぼくには妹が二人います。」
「大きくなったら、どちらかがお嫁さんになって、小山へ行けば。」
「小田と小山は家族です。」
「家族なら助け合えます。」
「それに、妹は大掾のおば上の子だから、大掾とも家族になります。」
「そうしたら坂東藤原流のみんなが、もっと仲良くなれるでしょう。」
近くで聞いていた家臣たちは思わず笑った。
「ははは。」
「若君らしい。」
「童らしい夢物語ですな。」
しかし、その場で笑わなかった者が三人いた。
真壁幹久。
治彦。
そして、小田城を訪れていた大掾幹家である。
幹家は静かに口を開いた。
「……夢物語ではありませぬ。」
広間が静まり返る。
「小田と小山が婚姻を結べば、小山は大掾とも姻戚となる。」
「常陸南部と下野南部が一つの縁で結ばれる。」
「これは双方にとって大きな利でございます。」
真壁も腕を組んで頷く。
「若君は人を従わせるのでなく、人を結ぶことを考えておられる。」
政治も驚きを隠せなかった。
「そこまで考えていたとは……。」
幹家は続ける。
「殿。」
「婚姻はまだ先の話。」
「ですが、友情は今から育てられます。」
「義広殿を若君の小姓として小田へ詰めさせてはいかがでしょう。」
「寝食を共にし、学び、育った絆は、どのような盟約より強いものになります。」
政治はしばらく考え、静かに頷いた。
「理にかなっている。」
「小山殿がお許しくださるなら、そのようにいたそう。」
◇
ほどなくして小山家から返書が届く。
『義広を若君の傍仕えとしてお願い申し上げる。』
義広は正式に氏治の小姓となった。
「これからよろしくね、義広殿。」
「こちらこそ、氏治様。」
二人は笑顔で手を取り合う。
その姿を見つめながら治彦は静かに思った。
――歴史では、小山は幾度となく大国に翻弄された。
――だが、この世界では違う。
幼き日に結ばれた友情は、やがて坂東を支える強固な同盟となる。
そして義広は後に、堅固な陣地を築き、柔軟な戦術で敵を追い詰める名将として、小田氏治を支える柱の一人となっていくのである。




