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27/1011

若君の献立

秋風が筑波の山々を渡り、小田の田畑は黄金色の稲穂で埋め尽くされていた。


無事に収穫を終えたことを祝い、小田城では秋祭りが催される。


領内の家臣たちはもちろん、近隣の有力国人も招かれ、城内は一年で最も賑わう日となった。


広間に重臣たちが揃うと、小田政治がゆっくりと立ち上がる。


「皆、ご苦労であった。」


「今年も大きな飢えもなく、秋を迎えられた。」


「本日の宴は、少々趣向を変えてある。」


家臣たちが顔を見合わせる。


政治は幼い氏治へ目を向けた。


「献立は若君がお考えになられた。」


「そして、その知恵を形にしたのは宍戸政繁である。」


どよめきが広間を走った。


「宍戸殿が。」


「土を舐める変人が料理までか。」


当人である宍戸政繁は、少し猫背のまま照れくさそうに頭を掻いている。


氏治は恥ずかしそうに一歩前へ出た。


「ぼくは思いついたことをお話ししただけです。」


「本当に作ってくれたのは政繁殿です。」


政繁は深く頭を下げる。


「若様の知恵がなければ、この膳はございませぬ。」


やがて膳が運び込まれた。


まず湯気を立てる新米。


今年収穫されたばかりの白い飯が艶やかに輝いている。


続いて味噌汁。


香り高い味噌の中には山菜や茸が惜しげもなく入っていた。


さらに家臣たちの目を引いたのは魚料理だった。


川魚を醤でじっくり煮付けた一皿。


骨まで柔らかく煮込まれ、香ばしい香りが広間いっぱいに広がる。


「これは……。」


「川魚とは思えぬ。」


さらに次々と膳が並ぶ。


鹿島灘から運ばれた鯛。


脂の乗った鰯。


炙った鯖。


焼き蛤。


浅蜊の潮汁。


干した小魚を甘辛く炊いた一品。


海から遠い小田では滅多に味わえない海の幸に、広間は驚きの声に包まれた。


一人の家臣が目を丸くする。


「海の魚ではないか。」


「どうやってこれほど集めた。」


政繁は静かに答える。


「鹿島の漁師たちと取り引きを始めました。」


「塩と醤を用いれば、魚は思った以上に遠くまで運べます。」


「若様のお知恵のおかげです。」


家臣たちは思わず顔を見合わせた。


「なるほど……。」


「海の恵みを小田で味わえるとは。」


その時、再び給仕が現れ、小さな杯を並べ始める。


透明な酒が静かに注がれる。


一人の重臣が不思議そうに杯を掲げた。


「濁っておらぬ。」


「これは酒か。」


政繁が恭しく答える。


「はい。」


「醤を澄ませる工夫を試しておりましたところ、酒にも応用できるのではと思いまして。」


「細かな粘土で澱を沈め、上澄みだけを丁寧に移しました。」


「若様のお話がきっかけでございます。」


家臣たちは恐る恐る口をつける。


「……!」


「うまい。」


「雑味が少ない。」


「香りが立つぞ。」


「これほど飲みやすい酒は初めてだ。」


広間は一気に歓声に包まれた。


氏治は嬉しそうに政繁を見た。


「成功しましたね。」


政繁は静かに頷く。


「若様のお知恵を試しただけでございます。」


「私は、それを形にしたに過ぎませぬ。」


氏治は首を横に振った。


「違います。」


「思いつくだけでは、何も変わりません。」


「試して、工夫して、失敗しても続けたのは政繁殿です。」


「だからこれは、政繁殿のお酒です。」


その言葉に、政繁は目頭が熱くなるのを感じた。


家中では「変人」と笑われ続けた。


土を舐め、魚を追い、甕と向き合う武士。


誰も理解しなかった。


だが、この幼い若君だけは違う。


知恵を笑わず、成果を独り占めせず、人の功を正しく讃える。


政繁は杯を手に立ち上がった。


「この酒を、私は『小田の澄酒』と名付けたく存じます。」


「若様のお知恵と、小田の恵みが生んだ酒にございます。」


広間から大きな拍手と歓声が湧き起こる。


真壁幹久は豪快に笑った。


「戦だけが国を強くするのではないな。」


治彦も静かに杯を掲げる。


幼い氏治は、剣ではなく人を信じ、知恵を結び合わせることで、小田という国を少しずつ豊かに変え始めていた。


その日、小田城の秋祭りは、家臣たちの記憶に「若君の献立」として長く語り継がれることとなるのであった。


宴もたけなわとなり、家臣たちの笑い声が広間に響いていた。


小田政治は静かに杯を置き、宍戸政繁を見つめる。


「政繁。」


「はっ。」


「そなたを、私は見誤っていたようだ。」


広間が静まり返る。


政治はゆっくりと言葉を続けた。


「武芸ばかりを見て、土を弄り、魚を追う変わり者と思っていた。」


「されど今日、この膳をいただき、考えを改めた。」


「そなたは国を豊かにする才を持っておる。」


政繁は深く頭を下げた。


「恐れ多きお言葉にございます。」


政治はさらに続ける。


「これまで、その才を十分に生かせなかったのは、当主たる私の責でもある。」


「許してほしい。」


重臣たちは息を呑んだ。


当主が家臣に自ら非を認めるなど、滅多にあることではない。


しかし政繁は静かに首を横へ振る。


「殿。」


「そのお言葉だけで十分にございます。」


「ですが……。」


政繁は幼い氏治へ視線を向けた。


優しく微笑む若君も、政繁を見つめ返している。


政繁は深く膝をついた。


「私は、小田家の家臣ではございます。」


「ですが今日より、この身は若君の家臣にございます。」


広間にざわめきが走る。


政繁は真っ直ぐ氏治を見つめた。


「私の知る農も。」


「漁も。」


「醤も。」


「酒も。」


「すべて若君のお役に立てとうございます。」


「若君がお治めになる国を、誰より豊かな国にしてみせます。」


幼い氏治は少し驚いたように目を丸くしたあと、にっこりと笑った。


「ありがとうございます、政繁殿。」


「ぼくも政繁殿の知恵を大切にします。」


そのやり取りを見た真壁幹久は豪快に笑う。


「はははっ! これで若君には武と知恵、二つの宝が揃いましたな。」


治彦も静かに頷いた。


武を担う真壁幹久。


民の暮らしを豊かにする宍戸政繁。


幼き氏治の周りには、少しずつ志を同じくする者たちが集まり始めていた。

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