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抜刀隊、準備完了

春の霞が土浦の港を包み込んでいた。


霞ヶ浦から鹿島灘へ続く水路には、小田家と鹿島家の旗を掲げた船団が静かに碇を上げる時を待っている。


その中央に停泊するのは、坂東が誇る大型帆船――坂東ガレオン。


交易船でありながら、有事には武装艦ともなる坂東海軍の象徴であった。


船着き場には、水戸頼治、北畠、佐野昌綱をはじめ、新たに編成された儀仗抜刀隊の面々が整列している。


その前へ、小田氏治が歩み出た。


「面を上げよ。」


一同が顔を上げる。


氏治は一人ひとりの顔を見渡した。


「諸君。」


「今日より、お前たちは坂東の武を京へ運ぶ者となる。」


「だが、勘違いするな。」


「京で求められるのは戦ではない。」


「礼であり、節であり、信である。」


静まり返る港に、氏治の声だけが響く。


「刀を振るうことが務めではない。」


「抜かずして争いを収めることこそ、お前たちの役目だ。」


水戸頼治が深く頭を下げた。


「必ずや御期待に応えてみせます。」


北畠も続く。


「武家と公家を結ぶ橋となりましょう。」


氏治は満足そうに頷くと、佐野昌綱を見た。


「昌綱。」


「はっ。」


「お前だけは少し役目が違う。」


「水戸と北畠は表で隊を率いる。」


「お前は一人で京を歩け。」


「武芸師範として人を知り、町を知り、朝廷を知れ。」


「必要とあれば誰よりも早く動き、必要がなければ誰にも気付かれるな。」


「御意。」


その返事は短く、それでいて力強かった。


氏治はさらに言葉を続ける。


「堺までは私も同行する。」


一同がざわめく。


「堺には鹿島商館がある。」


「儀仗抜刀隊最初の詰所となる場所だ。」


「主君として、この目で見届けねばならぬ。」


港の一角では、鹿島政清が船員たちへ最後の指示を飛ばしていた。


「帆柱よし!」


「積荷よし!」


「真水、兵糧、火薬、すべて確認!」


政清は氏治の前へ進み、一礼する。


「御屋形様、いつでも出航できます。」


氏治は力強く頷いた。


「頼むぞ、政清。」


「海は任せよ。」


「必ず堺までお届けいたします。」


その時、一人の男が静かに姿を現した。


出浦守清である。


音もなく佐野の隣へ立つと、一枚の紙を差し出した。


『旅籠 信濃屋』


「京へ着きましたら、こちらを常宿になさってください。」


佐野は紙を受け取り、懐へ納めた。


「承知した。」


「私に会いたくなりましたら、信濃屋の女将へこうお尋ねください。」


出浦は声を潜める。


「『今年の信濃の味噌は出来がよろしいですか。』」


「もし女将が、**『今年はよい出来でございます。』**と答えましたら、その日のうちに私が参ります。」


「違う返事なら。」


「その日は何も聞かず、お帰りください。」


佐野は静かに頷いた。


「覚えた。」


二人はそれ以上語らない。


互いの役目を理解していた。


氏治は最後に船団を見渡した。


「水戸。」


「北畠。」


「佐野。」


「そして政清。」


「坂東の未来は、お前たちの双肩にある。」


四人は同時に頭を下げる。


「はっ!」


やがて銅鑼が鳴り響いた。


「出航!」


船員たちが一斉に帆を広げる。


春風を受けた白帆が大きく膨らみ、坂東ガレオンはゆっくりと土浦の港を離れた。


岸壁では兵学館の教官や卒業生たちがいつまでも手を振っている。


小山義広。


宇都宮朝綱。


結城朝基。


那須資忠。


新田義綱。


皆、それぞれの任地から駆け付け、学友たちの門出を見送っていた。


氏治は船尾に立ち、遠ざかる坂東の大地を静かに見つめる。


「武だけでは国は治まらぬ。」


「礼だけでもまた治まらぬ。」


「武と礼、その両輪が揃ってこそ、新たな世は開ける。」


坂東ガレオンは春の陽光を受けながら鹿島灘へ進み、西国への大海原へとその針路を向けた。


その船には、坂東の未来を託された者たちが乗っていた。彼らの旅は、戦ではなく、新しい時代を築くための第一歩であった。

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