四百年後の坂東
治彦は机の上の内線電話へ手を伸ばしかけ、ふと苦笑した。
「……そうでした。」
「今日は休館日でしたね。」
館内は静まり返っている。
展示室に人影はなく、空調の低い音だけが研究室まで届いていた。
氏治は窓越しに展示ホールを見下ろしながら尋ねる。
「この建物は、すべて博物館なのか。」
「はい。」
治彦は頷いた。
「一階は常設展示、二階は企画展示、三階は収蔵庫と修復室です。」
「僕の研究室は、その奥になります。」
氏治は感心したように周囲を見回した。
「戦国の世を一つの建物で伝えるとは、大したものだ。」
治彦は机から一枚の館内案内図を取り出した。
『小田ミュージアム 常設展示』
その最初に書かれている文字は、
第一展示室 坂東復興
だった。
「氏治さん。」
「まずはここから見ましょう。」
「僕たちが築いた坂東が、四百年後にどう評価されているのか。」
氏治は静かに頷く。
「まずは成果を見る、か。」
「うむ、それがよかろう。」
研究室を出ると、自動照明がゆっくりと点灯した。
長い廊下の先には、大きなガラス扉がある。
その上には金文字で、
常設展示 坂東四百年の歩み
と刻まれていた。
治彦が認証カードをかざす。
電子音とともに扉がゆっくり開いた。
氏治は足を止める。
「……これほど静かな城もあるものだ。」
治彦は笑う。
「博物館ですから。」
「ここでは刀ではなく、史料が主役なんです。」
二人は並んで展示室へ入る。
正面には巨大な坂東の地図。
恋瀬川。
土浦。
前橋。
那珂湊。
黒川。
自分たちが戦った土地が、柔らかな照明に照らされていた。
その中央には、一文だけ刻まれている。
『坂東復興は、一人の英雄ではなく、多くの志ある者たちによって成し遂げられた。』
氏治はその言葉を静かに読み終えると、小さく笑った。
「私だけの功ではない。」
「その通りだ。」
「皆がいたからこその坂東だった。」
治彦も頷く。
「この世界の歴史家も、そこは正しく評価しているみたいですね。」
展示の最初に置かれていたのは、一振りの刀だった。
黒漆の鞘。
見慣れた拵え。
氏治は思わず息を呑む。
「蜈蚣切……。」
治彦は展示解説を読み上げた。
「『坂東復興の象徴として代々伝えられた名刀。戦場で振るわれた回数よりも、評定の席で国づくりを決める象徴として用いられたという。』」
氏治は目を細めた。
「戦うためではなく、国を治める象徴か。」
「悪くない。」
治彦は微笑みながら次の展示へ歩き出す。
「まだ始まりです。」
「兵学館。」
「土浦自由都市。」
「交易。」
「農業改革。」
「港。」
「この博物館には、僕たちが残した成果がすべて展示されています。」
氏治もその後ろをゆっくり歩く。
「ならば今日は、一つひとつ見届けよう。」
「我らの歩んだ道が、四百年後にどう実を結んだのかを。」
静かな展示室の奥へ、二人は歩みを進めた。
歴史の答えは、すぐそこに待っていた。




