研究室の再会
宇都宮城の大広間は、戦の終わりを祝う笑い声に満ちていた。
会津大戦を生き抜いた将たちは盃を交わし、宇都宮尚綱は骨酒を片手に豪快に笑う。
氏治もまた、穏やかな表情で学友たちの姿を見つめていた。
「ようやく皆と酒が飲める。」
その一言に、治彦も静かに盃を掲げた。
「本当に、お疲れ様でした。」
盃が触れ合った、その瞬間だった。
視界が白く霞む。
笑い声が遠ざかり、宇都宮城の灯火が光の中へ溶けていく。
――。
――――。
治彦はゆっくりと目を開いた。
「……ここは。」
見慣れた天井だった。
木目調の机。
壁一面を埋める本棚。
中世東国史、戦国史、考古学、古文書学。
数え切れない専門書が整然と並んでいる。
机の上には読みかけの論文。
『兵学館教育制度の成立と東国社会への影響』
その横には職員証が置かれていた。
小田大学 歴史学部 准教授 小田治彦
治彦はしばらくその文字を見つめた。
「……准教授?」
記憶が一気に流れ込んでくる。
学生時代。
大学院。
博士課程。
論文。
学会発表。
古文書調査。
研究室。
講義。
ゼミ。
それらは、まるで最初から自分が歩んできた人生だった。
治彦は思わず笑った。
「そうか……。」
「僕は会社員じゃない。」
「この世界では、歴史学者になれたんだ。」
史実の世界では、歴史を学びたくても生活のために会社へ就職した。
歴史は休日に調べる趣味だった。
しかし、この世界では違う。
改変された歴史は、治彦自身の人生まで変えていた。
戦国史を研究し、そのまま大学へ残り、研究者として生きている。
子どもの頃に夢見た人生だった。
「皮肉ですね。」
治彦は小さく笑う。
「歴史を変えた結果、僕自身の歴史も変わっていたなんて。」
「それも悪い変化ではあるまい。」
背後から穏やかな声がした。
振り返ると、氏治が本棚の前に立っていた。
その姿は半透明だったが、宇都宮城で別れた時と変わらぬ穏やかな表情を浮かべている。
「氏治さん。」
「どうやら、私も一緒に来たようだ。」
治彦は深く頷いた。
「ええ。」
「それに、この研究室なら好都合です。」
机の上には日本史年表。
壁には東国の勢力図。
本棚には改変世界の史料が並ぶ。
ここは歴史を調べるために必要なものがすべて揃った場所だった。
治彦は一冊の史料を手に取る。
「氏治さん。」
「まずは、僕たちが戦国で成し遂げたことを確認しましょう。」
「そのうえで。」
「その歴史が、どのように未来へ影響したのか。」
氏治は静かに頷いた。
「戦は終わった。」
「だが、歴史を知る戦いは、これから始まるのだな。」
治彦は史料を開く。
その最初の一頁には、見慣れた文字が記されていた。
『会津大戦――坂東史最大の転換点』
二人は顔を見合わせ、小さく頷いた。
こうして、歴史学者となった治彦と、霊魂となった氏治による、改変世界の歴史を解き明かす長い調査が始まった。




