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杯は巡り、時は還る

会津大戦を終えた軍勢は、それぞれの新たな任地へと散っていった。

その中で、小田氏治だけは宇都宮尚綱の帰還に付き添い、久方ぶりに宇都宮城へと足を踏み入れた。

城門には家臣や領民が並び、総督として会津を治めることとなった尚綱を迎える歓声が響く。

「尚綱様、お帰りなさいませ!」

「会津大勝、おめでとうございます!」

尚綱は照れくさそうに手を上げた。

「祝いはよい。これは皆で勝ち取ったものだ。」

その夜、城中ではささやかな酒宴が開かれた。

広間には、かつて若き日に尚綱を訪ね、未来を語り合った者たちが再び顔を揃える。

宇都宮尚綱。

小田氏治。

宇都宮朝綱。

結城朝基。

小山義広。

真壁幹久。

そして、小田治彦。

尚綱は皆の顔を一人ひとり見回し、目を細めた。

「……本当に、大きくなったな。」

静かな一言だった。

氏治が笑う。

「尚綱殿まで年寄りじみたことを。」

「年寄りだから言えるのだ。」

広間に笑いが起こる。

尚綱はゆっくりと杯を置いた。

「氏治、お前と初めて会った頃は、まだ声変わりも終わっておらなんだ。」

「朝綱も、朝基も、義広も……皆、子供だった。」

「だからあの頃は、一緒に酒を飲むこともできなかった。」

朝綱が懐かしそうに笑う。

「父上に酒だけは駄目だと、よく追い払われましたな。」

朝基も肩を揺らした。

「広間の外で羨ましそうに眺めておりました。」

真壁が豪快に笑う。

「今じゃ誰も止める者はおらん! 飲め飲め!」

家臣たちが次々と酒を運んでくる。

尚綱はふと氏治を見た。

「ああ、そうだ。」

「氏治、お前は骨酒が好きだったな。」

氏治は驚いたように顔を上げた。

「まだ覚えていてくださったのですか。」

「忘れるものか。」

やがて炭火で香ばしく焼かれた岩魚が運ばれ、熱い酒が静かに注がれる。

立ちのぼる香りに、氏治は思わず目を閉じた。

「……この香りです。」

尚綱は満足そうに頷いた。

「大人になった祝いだ。今日は存分に飲め。」

皆が杯を掲げる。

「会津大勝に!」

「東国の未来に!」

杯が重なり、笑い声が夜の宇都宮城に響いた。

やがて酒も進み、真壁は豪快に笑い続け、小山と朝基は昔話に花を咲かせる。

朝綱は父・尚綱に酌をし、氏治は静かに骨酒を味わっていた。

その一方で、治彦は壁にもたれながら苦笑する。

「……やっぱり、酒は弱いな。」

骨酒を少し口にしただけで、戦続きの疲れが一気に押し寄せる。

まぶたが重い。

尚綱が笑った。

「寝かせてやれ。こやつは一番働いた。」

氏治も微笑む。

「治彦、お疲れさまでした。」

その声を最後に、治彦の意識は静かに闇へ沈んでいった。

――風の音が消える。

笑い声が遠ざかる。

酒の香りも薄れていく。

……

……

「……ん。」

治彦はゆっくりと目を開けた。

見慣れた白い天井。

規則正しく響く空調の音。

遠くを走る車の音。

枕元には、充電されたスマートフォン。

そして、本棚に並ぶ歴史書。

「……帰って、きたのか。」

ゆっくりと身を起こす。

夢ではない。

あまりにも鮮明だった十数年の戦国の日々。

ふと掌を見る。

そこには、刀を握り続けてできた固い手のひらが残っていた。

治彦は小さく笑った。

「みんな……大人になったな。」

窓の外では、令和の朝日が静かに街を照らしていた。

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