星を地に降ろす策
館林の献策を受けた宇都宮尚綱は、静かに頷いた。
「よい。すべてその策でいく。」
命が下るや、兵はすぐに動き始めた。
鴫山城周辺の村々へ使者が走り、近隣の民へ賃金を払って松明を持つよう頼む。また、松明が足りなければ牛にも賃金を払い、その角へ結び付けるよう手配した。
夜になれば、人も牛も山野を歩き回り、敵には数万の軍勢が包囲しているように見えるはずであった。
一方、館林は那須資忠が集めた蘆名方の具足へ身を包み、同じく敵装束をまとった選抜の精兵を率いる。
「我らは逃げ遅れた敗兵となる。」
黒川城へ向かう街道では、那須砦方面から敗走してくる蘆名・佐竹の兵が絶えなかった。
館林たちはその最後尾へ静かに紛れ込み、疲れ切った敗兵を装って城門へ近づく。
番兵は押し寄せる敗兵の対応に追われ、一人ひとりを確かめる余裕などない。
館林らは逃げ惑う兵の背中に従うようにして、そのまま黒川城へ潜入した。
城内では蘆名・佐竹が各地から兵をかき集めており、直属の家臣も敗兵も雑兵も入り乱れていた。
誰がどこの兵か、城内の者ですら判別できない。
館林らは怪しまれることなく持ち場へ散り、密かに城門の開閉を司る滑車や縄、閂の仕掛けを一つずつ壊していく。
その日の夜。
黒川城を囲む山々には、無数の灯火が揺れ始めた。
人の持つ松明。
牛の角に結ばれた松明。
その光は闇の中で揺らめき、まるで星々が大地へ降り注いだかのようであった。
見張りは驚愕し、城中へ叫ぶ。
「敵襲!」
「小田勢が城を囲んだ!」
館林が合図を送る必要すらなかった。
城内は大混乱となり、迎撃のため城門が開かれる。
敗兵も新手も入り乱れて城外へ飛び出し、統制は完全に失われた。
その隙に館林は城壁へ姿を現した。
夜空を旋回していた標は主人の姿を見つけると嬉しそうに一声鳴き、一直線に鴫山城へ飛び去る。
その報を受けた宇都宮尚綱は即座に立ち上がった。
「館林が成した。今ぞ勝負だ。」
鴫山城に待機していた騎兵が一斉に馬へ跨る。
宇都宮尚綱を先頭に、馬場信春、内藤昌豊、跡部ら旧武田の精鋭騎兵が闇を切り裂いて黒川城へ疾駆した。
ようやく敵は異変に気付き、城門を閉じようとする。
だが、館林らが破壊した開閉機構は完全に壊され、巨大な門はびくとも動かなかった。
「閉まらぬ!」
敵が狼狽する中、宇都宮尚綱の騎兵は開かれた城門から一気に突入する。
留守を預かる将は懸命に兵をまとめたものの、迎撃に出した兵はまだ戻らず、残された兵力だけでは青鬼と旧武田衆の猛攻を止められない。
城内は瞬く間に制圧され、黒川城は降伏した。
尚綱は破壊された城門を見て豪快に笑う。
「館林、少々壊しすぎではないか。」
「閉まらぬようにと思いまして。」
「ははは、それでよい。」
笑い終えると、尚綱はただちに将としての顔へ戻った。
「朝綱。」
「はっ。」
「黒川城はお前に任せる。虎口に鉄砲隊と弓衆を集中させよ。敵が攻め寄せれば数日は持ちこたえられる。」
「承知いたしました。」
宇都宮朝綱は直ちに守備の再編を始める。
尚綱は続いて館林、那須資忠、結城朝基を呼び寄せた。
「三人は余と来い。黒川を最も知るのはお前たちだ。」
三人が頷くと、尚綱は槍を握り締めた。
「蘆名・佐竹は必ず黒川を奪い返しに戻る。その時まで城へ籠もるつもりはない。」
青鬼は馬へ跨る。
「朝綱が守りを固める間、余が奴らを食い止め、時を稼ぐ。」
その一声とともに、宇都宮尚綱は直属の騎兵と旧武田衆を率い、黒川城を目指して戻る蘆名・佐竹軍を迎え撃つため、夜の街道へ駆け出した。




