黒川への策
背炙山で束の間の静寂を取り戻してから、およそ一週間。
館林と那須資忠は洞穴で傷を癒やし、山を巡りながら静かに時を待っていた。
ところが、その静けさは突然破られる。
山道を駆け上がってきた伝令が、息を切らせながら洞穴へ飛び込んだ。
「結城様より急報!」
朝基の仕業どころではなかった。
浜通りの戦局そのものが、大きく動いたのである。
「小山義広様が浜通りを完全に解放!」
「そのまま小田本陣救援へ向かわれ、蘆名・佐竹の兵站基地を急襲、これを焼き払うことに成功いたしました!」
館林と資忠は顔を見合わせた。
「……動いたか。」
資忠が静かに立ち上がる。
館林も弓を背負い直した。
「急ぎましょう。」
二人は背炙山を下り、昼夜を分かたず山道を駆け、鴫山城へ戻った。
***
城中では宇都宮尚綱をはじめ、結城朝基、武田信繁、馬場信春、内藤昌豊らが地図を囲み、今後の戦を協議していた。
二人が到着すると、尚綱は大きく頷く。
「よく戻った。」
館林は息を整える間もなく前へ進み出た。
「尚綱様、献策がございます。」
「申せ。」
館林は黒川城を指差した。
「小山殿が兵站を焼き払った以上、蘆名・佐竹はこれ以上那須砦の前に留まれませぬ。」
「兵をまとめ、必ず黒川城へ引き返します。」
居並ぶ諸将が静かに耳を傾ける。
館林は続けた。
「その前に、私を黒川城へ潜り込ませてください。」
尚綱は館林を見つめる。
「一人でか。」
「はい。」
「私はこの山を知り尽くしております。敗走兵、あるいは山民を装えば城へ入り込めます。」
結城朝基が腕を組んだ。
「危険だぞ。」
「承知しております。」
館林は迷いなく答える。
「ですが、城門さえ開けば勝負は決します。」
そう言って、しるべの止まる腕を軽く撫でた。
「城内へ入れましたら、しるべを飛ばします。」
「しるべが城の上を旋回したら、それを合図に総攻撃を。」
「私が内側から城門を開きます。」
軍議の空気が張り詰める。
やがて館林は地図の南側を指した。
「もう一つございます。」
「近隣の村々から、戦の様子を見て黒川へ集まる民が増えております。」
尚綱は頷いた。
「聞いておる。」
「その者たちへ賃金を払い、松明を持っていただきたいのです。」
「松明を?」
「はい。」
館林は力強く答えた。
「夜の黒川を四方から囲ませます。」
「城内から見れば、大軍に包囲されたように見えるでしょう。」
さらに館林は続けた。
「もし人数が足りなければ、牛にも賃金……いえ、牛の持ち主へ報酬を払い、角へ松明を括り付けて歩かせてください。」
思わぬ策に、一瞬広間が静まり返る。
やがて馬場信春が低く笑った。
「なるほど。」
武田信繁も頷く。
「夜ならば兵と牛の区別はつくまい。」
結城朝基は館林を見つめた。
「敵の目を欺き、城内を揺さぶるというわけか。」
「はい。」
館林は深く頭を下げる。
「敵を恐れさせ、混乱したところで門を開きます。」
尚綱はしばらく目を閉じて考えたあと、大きく頷いた。
「面白い。」
そして力強く立ち上がる。
「館林の策を採る。」
広間の空気が一変した。
黒川城攻略の道筋が、ついに見え始めたのである。




