見抜いた男
春の日差しが田を照らしていた。
若君・氏治は、傅役となった真壁幹久、教育指南役の治彦を伴い、小田領の巡察に出ていた。
「若君。」
真壁が歩調を合わせながら言う。
「武士は城だけを知っていては務まりませぬ。」
「国を知り、人を知ってこそ、良き当主となります。」
氏治は力強く頷いた。
「はい。」
田では農民たちが泥だらけになりながら働いている。
氏治も立ち止まり、その様子を興味深そうに眺めた。
その時だった。
一人だけ妙な男が目に入る。
背は高い。
だが猫背で、顔立ちは決して整っていない。
無精ひげを生やし、百姓と見分けがつかぬ粗末な着物をまとっている。
男は畦へしゃがみ込むと、指で土をつまんだ。
そして――。
ぺろり、と舌で舐めた。
「……。」
治彦が思わず眉をひそめる。
「土を舐めた……。」
農民たちは慣れた様子で笑っている。
「また始まった。」
「土を食う変人だ。」
「変わり者だからな。」
男は気にも留めず、もう一度土を指で擦る。
「塩気はない。」
「今年も稲はよく育つ。」
ぶつぶつと独り言を呟いていた。
真壁も苦笑する。
「変わった百姓ですな。」
しかし。
氏治だけは、その男から目を離さなかった。
亡霊氏治の記憶が、胸の奥で静かに囁く。
(違う。)
(この男は、ただの百姓ではない。)
氏治はゆっくりと男へ歩み寄る。
「こんにちは。」
男は顔を上げた。
「若様……?」
氏治はにこりと笑った。
「宍戸政繁殿ですね。」
その一言に、男の動きが止まった。
「……なぜ。」
「なぜ私の名をご存じなのです。」
真壁幹久も治彦も驚いて氏治を見る。
氏治は首をかしげるように笑った。
「民と一緒に汗を流し、土を知ろうとする武士は、そう多くありません。」
「そんな人がいると聞いていました。」
政繁はしばらく氏治を見つめていたが、やがて静かに膝をついた。
「お目にかかれて光栄にございます。」
「宍戸政繁、お初にお目通りいたします。」




