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坂東第一の宝剣

守り刀を贈ってから十日ほどが過ぎた。


ある朝、小田城に再び大掾だいじょう幹家が姿を現した。


「幹家殿、先日は見事な守り刀、誠にかたじけない。」


小田家当主が礼を述べると、幹家は穏やかに首を振る。


「若様に喜んでいただけたなら、それで十分にございます。」


氏治も嬉しそうに腰の守り刀を見せる。


「伯父上!」


「毎日持っています!」


幹家は思わず笑みを浮かべた。


「大切にしてくださるか。」


「はい!」


その返事を聞くと、幹家は表情を引き締めた。


「実は本日、もう一つ若様へ贈りたいものがございます。」


広間の空気が変わる。


「守り刀よりも、さらに大切なものです。」


当主が首をかしげる。


「さらに大切なもの……?」


幹家は静かに頷いた。


「以前、若様は守り刀をご覧になって、『坂東第二の宝剣』と仰せられました。」


「そして、『坂東第一の宝剣は伯父上です』と。」


「その言葉は、今も忘れておりませぬ。」


氏治は少し照れたように笑う。


幹家はゆっくりと障子へ目を向けた。


「入れ。」


障子が静かに開く。


一人の若武者が姿を現した。


背は高く、肩幅も広い。


鍛え上げられた身体。


腰には使い込まれた太刀。


派手な鎧ではない。


しかし立っているだけで、広間の空気が引き締まる。


若武者は静かに膝をついた。


「真壁幹久にございます。」


「……。」


広間の家臣たちがざわめく。


「真壁の。」


「あの幹久か。」


その武勇は、すでに常陸でも知られ始めていた。


幹家は氏治へ視線を向ける。


「若様。」


「これこそ、本当の坂東第一の宝剣でございます。」


「宝剣とは鉄で作るものではありませぬ。」


「国を守る人こそが宝剣。」


「幹久は、その資格を持つ男と信じております。」


幹久は静かに頭を下げた。


「若様。」


「未熟者ではございますが、お力となれれば本望にございます。」


小田家当主は幹家を見る。


「まさか……。」


「幹久殿を小田へ?」


幹家は深く頷いた。


「お願いがございます。」


「この者を、若様の傅役としてお側に置いていただきたい。」


広間が静まり返る。


傅役。


それは若君の教育と護衛を担い、将来を支える極めて重要な役目である。


幹家は続けた。


「若様には学問を授ける良き師がおられます。」


そう言って治彦へ一礼する。


「ならば武の道を示す者も必要でしょう。」


「幹久ならば、それができます。」


当主はしばらく考え込んだ。


真壁氏は名のある国人。


その一族の武者を傅役として迎えることは、小田家にとっても大きな意味を持つ。


「幹久殿。」


「そなたは、それでよいのか。」


幹久は迷うことなく答えた。


「若様が川越合戦の折に申された言葉は、私も耳にいたしました。」


「それだけではございませぬ。」


「幹家様より、若様のお話を幾度となく伺いました。」


「人を宝と考える御方ならば、この命を預けるに値します。」


氏治は不思議そうに幹久を見上げる。


「ぼくは、まだ子どもですよ?」


幹久は穏やかに笑った。


「だからこそ、お守りするのです。」


「若君が立派な御当主となられる、その日まで。」


氏治は少し考え、小さく頷いた。


「では……お願いします。」


幹久は深く頭を下げる。


「真壁幹久。」


「本日より若様の傅役として、誠心誠意お仕え申し上げます。」


その様子を見届けた幹家は満足そうに目を細めた。


(守り刀は鉄でできている。)


(だが、この男は生きた宝剣だ。)


(若様を守り、鍛え、ともに歩む存在となるだろう。)


治彦はその光景を静かに見つめていた。


これが後に「赤鬼」と恐れられる武将と、小田氏治との最初の主従の縁となることを、この場にいる者はまだ誰も知らなかった。

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