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山が動く時

三月。

結城朝綱、朝基の兄弟が先鋒として大内宿へ入り、宇都宮尚綱の本隊は尾瀬南方で静かに兵を休めていた。

焦りはなかった。

館林が蒔いた種は、戦の行方とともに芽吹くと信じていたからである。

春が過ぎ、山々は新緑をまとい始める。

そして六月。

ついに浜通りから一羽の早馬が尾瀬へ駆け込んだ。

「相馬、解放!」

「蘆名・佐竹軍敗走!」

その数日後、さらに一報が届く。

「青鬼の通せん坊にて蘆名軍の進撃止まる!」

「小田軍優勢!」

陣中に歓声が広がる。

しかし宇都宮尚綱は静かに立ち上がっただけであった。

「……時が来た。」

館林から届いていた書状を開き、改めて読み返す。

『長沼殿は理を重んじる御方。勝敗ではなく、戦の流れをご覧になります。』

尚綱は頷いた。

「館林の申した通りになった。」

「兵を進める。」

軍勢は整然と尾瀬を越え始めた。

略奪はない。

宿場では代価を払い、村々では礼を尽くす。

その姿は既に大内宿の人々が知る小田軍そのものであった。

尚綱は進軍と同時に、一騎の使者を鴫山城へ遣わした。

使者は長沼氏の前で深く一礼する。

「宇都宮尚綱様よりのお言葉にございます。」

静かに書状が開かれる。

「館林殿より、そなたは理に聡い御方と承った。

されば余計な言葉は申さぬ。

相馬は解放され、浜通りは小田が制した。

蘆名軍は青鬼の通せん坊にて進撃を阻まれた。

我ら本隊はまもなく鴫山へ至る。

城を守るため戦うか。

城を守るため道を開くか。

決めるのは長沼殿である。

開城されるならば、家も領地もそのまま安堵する。」

長沼氏は最後まで黙って読み終えた。

やがて障子を開ける。

初夏の風が城へ吹き込んだ。

眼下には、平穏な城下町。

館林が言っていた。

「戦ではなく、道を開きたい。」

その言葉が蘇る。

続いて家臣が報告する。

「殿。」

「浜通り敗報は事実にございます。」

「中通りも小田方が押しております。」

「宇都宮勢は既に尾瀬口を越えつつあります。」

長沼氏は静かに目を閉じた。

二月には、まだ戦の行方は分からなかった。

だから待った。

しかし今は違う。

戦局は動いた。

そして何より、小田軍は尾瀬を進みながらも一村一宿を荒らさず、人々の信を得てここまで来ている。

長沼氏はゆっくり立ち上がった。

「……決まった。」

家臣たちは息を呑む。

「城門を開けよ。」

「宇都宮殿を迎える。」

「我らは小田方につく。」

その一言で、家臣たちの緊張が解けた。

反対する者はいなかった。

誰もが、この数か月で戦の流れを見続けていたのである。

その日の夕刻。

鴫山城の大手門が静かに開かれた。

宇都宮尚綱は馬を降り、城門前で長沼氏と向かい合う。

二人は黙って一礼する。

長沼氏が口を開いた。

「館林殿は申された。」

「『理が揃えば、お答えをいただける』と。」

尚綱は微笑む。

「館林は、人を見る目があります。」

「ええ。」

長沼氏も頷いた。

「若武者は種を蒔きました。」

「そして今日、その種が花開いたのでございます。」

こうして尾瀬口最大の要衝・鴫山城は一矢も交えることなく開城し、小田軍は南会津への道を手に入れたのであった。

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