霧雨の決断
茶屋の外では梅雨の雨が石畳を静かに打っていた。
館林と結城朝基は湯飲みを手にしたまま、しばらく言葉を失っていた。
浜通りでは小山が相馬を解放した。
中通りでは蘆名・佐竹が一度は白河方面へ押し込むも、追撃に転じたところを那須砦で真壁・小田勢の反撃に遭い、戦線は再び膠着している。
戦は動いた。
しかし、その先へ進めず止まってしまった。
館林は静かに口を開く。
「ならば、こちらが動く番だ。」
朝基も小さく頷いた。
「黒川を揺さぶらねば、この膠着は破れません。」
館林は茶碗を置き、懐から小さな紙を取り出した。
「宇都宮殿へ書簡を書く。」
筆を走らせる音だけが茶屋に響く。
『戦線は膠着せり。
今こそ鴫山城へ兵を進められたし。
敵の目を白河より会津へ向けさせれば、黒川は必ず兵を割く。
その隙こそ、我らが望むところなり。』
館林は筆を置くと、紙を丁寧に畳んだ。
「宇都宮殿には、この書簡とともに本隊を鴫山城まで前進させるよう具申する。」
朝基は書簡を見つめながら頷く。
「鴫山城まで進めば、敵は黒川を守るために兵を動かさざるを得ません。」
「そうだ。」
館林の目は静かだった。
「勝つためではない。敵に迷わせるための前進だ。」
二人は互いに視線を交わす。
戦は力だけでは動かない。
敵の判断を狂わせた者が、一歩先へ進む。
朝基はゆっくり立ち上がった。
「私は一度、市中を離れます。」
「黒川か。」
「いえ。」
朝基は首を横に振る。
「周辺です。」
館林はその意図をすぐに悟った。
「街道か。」
「はい。黒川へ出入りする兵、荷駄、早馬、それに鴫山城との連絡路も見ておきます。町の中だけを見ていては、全体は見えません。」
館林は静かに笑った。
「さすが結城殿だ。」
朝基も笑みを返す。
「館林殿が山から見ているなら、私は地を歩いて見ます。」
「頼んだ。」
「お任せください。」
朝基は旅人姿のまま、人混みへ消えていった。
館林もまた茶屋を後にする。
霧雨の中を抜け、再び背炙山へ戻るためである。
山から戦場を見守る館林。
町と街道を歩き敵情を探る朝基。
そして大内宿では、宇都宮尚綱が書簡を受け取り、本隊を率いて鴫山城への前進を開始しようとしていた。
静かだった会津の空気は、再び大きく動き始めようとしていた。




