雪解けを待つ者たち
館林が長沼氏と密談を交わした頃、暦はまだ二月であった。
浜通りではようやく戦の火蓋が切られたばかり。
宇都宮尚綱は館林からの報せを受けると、すぐに軍を動かそうとはしなかった。
「館林は種を蒔いた。」
「ならば、我らは実がなる時まで待とう。」
焦って尾瀬へ兵を進めれば、長沼氏を疑心へ追いやる。
今は勝報こそが最大の使者であった。
宇都宮勢は街道や橋を整え、兵糧を蓄えながら、六月の到来を静かに待つ。
目指すは、相馬解放。
そして蘆名軍を浜通りで足止めする**「青鬼の通せん坊」**である。
その勝報が届けば、長沼氏の胸中も大きく傾くはずだった。
一方、その間にも動いていた者たちがいた。
結城朝綱、朝基の兄弟である。
宇都宮本隊に先んじて、二人は先鋒隊として尾瀬を越え、大内宿へ入った。
三月のことであった。
兵は宿場を占拠しない。
荷を降ろし、宿代を払い、薪を買い、馬を休ませる。
必要なものはすべて銭で求めた。
館林の進言は徹底されていた。
「値切るな。」
「戦時だからこそ高く買え。」
その方針は変わらない。
兵が宿へ泊まれば宿は潤い、荷駄が増えれば村人の仕事も増える。
春になる頃には、大内宿の市は以前にも増して賑わいを見せ始めていた。
名主は笑みを浮かべる。
「昔の小田様が戻ってきたようだ。」
村人も頷く。
「兵が来ても恐ろしくない。」
「銭を払い、礼を言って帰る。」
「こんな軍は初めて見た。」
結城兄弟もまた、村人たちと言葉を交わし、山道の様子や雪解けの具合を教わる。
宿場はいつしか、小田軍の前線補給地であると同時に、尾瀬口の情報が集まる拠点となっていった。
季節は移る。
上野の前橋や太田では、梅雨前線の影響で連日のように雨が降った。
川は増水し、街道はぬかるみ、多くの軍勢が進軍に苦しんだ。
しかし尾瀬の山々は様子が違った。
雲は峰々に遮られ、雨が降る日もあれば、青空が広がる日もある。
山風が湿気を流し、思いのほか道は保たれていた。
山の老人は空を見上げて笑う。
「尾瀬は山が天気を選ぶ。」
「下が大雨でも、ここは晴れる日がある。」
結城朝基はその言葉を聞き、兄へ微笑んだ。
「館林殿が、この道を選んだ理由が分かります。」
朝綱も頷く。
「大軍ではなく、小さく早く動くには、この山道が最もよい。」
そうして三月から六月までの間、小田軍は焦ることなく準備を重ねた。
館林は鴫山城下で長沼氏の動きを見守り続け、結城兄弟は大内宿との信頼を深め、宇都宮尚綱は本隊を整えながら、浜通りから届く吉報を静かに待つ。
やがて六月。
相馬解放、そして青鬼の通せん坊の勝報が、尾瀬の静寂を破ることになるのであった。




