古き縁、再び結ばれる
長沼氏との密談を終えた館林は、宿へ戻ると四人の供を前に地図を広げた。
「ここからは待つ戦だ。」
「待つだけでは勝てぬ。今できることを積み重ねる。」
そう言うと、一人を呼び寄せた。
「お前は尾瀬を越え、宇都宮様の本隊へ急げ。」
「長沼殿は翻意の余地あり。ただし決断は保留。浜通りと中通りの戦況を見届けてから判断すると伝えよ。」
使者は深く頭を下げる。
「はっ。」
その日のうちに雪山へ姿を消した。
続いてもう一人を見る。
「お前は城下へ残れ。」
「兵の動き、米の出入り、人足の徴発、城内の噂。何一つ見逃すな。」
「決して功を焦るな。生きて報せることが務めだ。」
「承知。」
男は再び猟師姿となり、人波へ紛れていった。
館林の手元には、あと二人だけが残る。
それで十分だった。
数日後、尾瀬を越えて宇都宮尚綱の陣へ伝令が辿り着いた。
書状を読み終えた尚綱は静かに頷く。
「館林らしい。」
「城を攻めるより、人を攻めておる。」
そこへ伝令は続けた。
「もう一つ、館林様より口上がございます。」
「申せ。」
「大内宿への進物をお考えでしたら、お持ちになるのもよろしいでしょう。しかし、それ以上にお願いしたいことがございます、と。」
尚綱は眉を上げた。
「続けよ。」
「まずは大内宿で商いをしてください。
戦時ゆえ物資は不足しております。値切らず、むしろ市価より高く買い付けてください。
荷を運ぶ者にも正当な賃金を払い、宿を使い、村へ銭を落としてください。
それこそが小田の誠意となります。」
陣中は静まり返った。
やがて尚綱は大きく笑った。
「なるほど。」
「土産より、暮らしを贈れということか。」
家臣たちも頷く。
「まこと、その通りにございます。」
「兵が奪うのではなく、買う。」
「しかも高値で。」
尚綱は即座に命じた。
「全軍に触れよ。」
「大内宿では略奪を禁ずる。」
「必要な物資は正当な値で買え。」
「戦時ゆえ困窮しておろう。相場より高くとも構わぬ。」
「違える者あらば軍律にて厳罰とする。」
「はっ!」
命はたちまち全軍へ伝わった。
それから間もなく。
雪深い大内宿には、小田軍の兵や荷駄隊が訪れ始めた。
しかし彼らは一軒一軒で頭を下げ、米を買い、薪を買い、干し肉を買い、草鞋や味噌までも正当な代価で求めていく。
しかも値切らない。
村人たちは驚いた。
「本当に、この値でいいのか。」
「足りなければ、また持ってきてくれ。」
そんなやり取りが宿場のあちこちで交わされる。
やがて宿場は活気を取り戻し、荷車の音と人々の笑い声が雪景色に響くようになった。
名主は村人たちを集め、静かに語った。
「昔、小田家とこの宿は助け合っておった。」
「戦乱で縁は途絶えたが……。」
宿場を見渡し、目を細める。
「今日、その誼が戻った。」
名主は改めて村人の前で頭を下げた。
「小田勢を丁重にもてなせ。」
「この宿は、古き友を迎える。」
その報せは尾瀬を越え、館林のもとにも届く。
館林はしるべを腕に乗せ、静かに微笑んだ。
「戦は剣だけでは勝てぬ。」
「人の心を得た者が、最後に道を開くのだ。」
そして大内宿は、小田軍にとって単なる宿場ではなく、尾瀬口を支える確かな味方となっていくのであった。




