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動かぬ山

二月初旬。

尾瀬を越えた雪深い南会津は、まだ春の気配すら遠かった。

館林は鴫山城下に留まり、猟師や木地師、荷駄商人に紛れながら静かに時を待っていた。

昼は、しるべを空へ放つ。

鷹は山々を大きく旋回し、街道や見張り、城下へ出入りする荷駄の数を確かめて戻る。

夜になると館林自ら尾根を歩き、城の灯や兵の巡回を数えた。

やがて一つの結論に至る。

「兵は少ない。」

「だが、城主は油断しておらぬ。」

攻めれば落とせる城ではある。

しかし、それでは尾瀬口の要衝を壊し、小田軍も無駄な血を流す。

館林は決意した。

「この城は、戦ではなく言葉で開く。」

数日後。

山の民の伝手を頼り、ようやく館林は長沼氏との密かな対面を許された。

場所は城下外れの小さな庵。

互いに供は一人だけ。

火鉢を挟み、二人は向かい合う。

長沼氏は館林を見るなり静かに笑った。

「若い。」

「これほど若い使者を寄越すとは、小田殿も思い切ったものだ。」

館林も一礼した。

「館林政綱にございます。」

「敵地へよく来られた。」

「命を惜しまぬか。」

「惜しみます。」

館林は迷わず答えた。

「だからこそ、戦を減らしたい。」

長沼氏は僅かに目を細めた。

「……ほう。」

館林は静かに続ける。

「小田は会津を奪い尽くすために参ったのではございません。」

「蘆名と戦う理由は、佐竹を抱え込み坂東へ兵を向け続けるからです。」

「尾瀬口を戦場にしたいわけでもございません。」

「この道を再び人と荷が往来する道に戻したいだけです。」

長沼氏は黙って聞いていた。

館林はさらに言葉を重ねる。

「相馬をご覧ください。」

「小田と道を開いてから、町も港も賑わっております。」

「戦働きだけでは国は豊かになりませぬ。」

長沼氏はゆっくり盃を置いた。

「若殿。」

「その話に偽りはあるまい。」

「……わしも、佐竹が重きをなす今の蘆名に思うところがないわけではない。」

館林は顔を上げる。

長沼氏は続けた。

「代々この家は蘆名と争い、そして従った。」

「従ったからには義もある。」

「それに家中と領民を預かる身だ。」

「一人の情で旗は変えられぬ。」

静かな声だった。

しかし、その言葉には迷いも滲んでいた。

館林は無理に畳みかけなかった。

長沼氏ほどの人物なら、追い詰めればかえって心を閉ざす。

しばらく沈黙が流れる。

やがて長沼氏は火鉢の炭を見つめながら口を開いた。

「まだ二月。」

「浜通りでも戦が始まったばかりと聞く。」

「この一戦で天下は決まるまい。」

館林は静かに頷いた。

「左様にございます。」

「若殿。」

長沼氏は館林を真っ直ぐ見た。

「わしは戦局を見る。」

「浜通りはどう動く。」

「中通りはどうなる。」

「蘆名は持ちこたえるのか。」

「小田は本当に勝ち切るのか。」

「それを見届けてから、わしは決める。」

館林は一礼した。

「それで十分にございます。」

長沼氏は少し意外そうに笑う。

「説得はせぬのか。」

「理で動く御方と伺いました。」

「ならば理が揃わぬ今、答えを求めるのは私の負けです。」

長沼氏は初めて声を上げて笑った。

「面白い若者だ。」

「今日の話は胸にしまっておこう。」

館林は立ち上がると深く頭を下げた。

庵を出ると、雪が静かに降っていた。

肩に舞い降りたしるべが、小さく鳴く。

館林は城を振り返り、小さく呟いた。

「急ぐ必要はない。」

「種は蒔いた。」

「あとは戦が、その答えを育ててくれる。」

その頃、遠く浜通りでは、小田軍と蘆名・佐竹連合軍の戦いが、まさに幕を開けようとしていた。

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