表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
236/1009

雪をふみこえて

氏治より密命を受けた館林は、評定の熱気がまだ残る城内を静かに後にした。

「四人だけ来い。」

振り返ることなく言う。

集まったのは、長年仕える供頭、山に明るい猟師、足の速い伝令の三人だけであった。

「他は本隊とともに来い。」

「我らは道を開く。」

四人はその日のうちに土浦を発つ。

目指すは尾瀬。

そして会津への玄関口、大内宿であった。

冬の山は人を拒む。

腰まで沈む雪。

凍りついた沢。

木々を揺らす烈風。

それでも館林は馬を止めなかった。

夜明け前に発ち、日暮れまで駆ける。

宿を見つけても休まず、焚火の傍らで僅かに眠るだけ。

供頭がついに口を開いた。

「殿、このままでは馬が保ちませぬ。」

館林は馬の首を静かに撫でた。

「分かっている。」

「だが、一日早く着けば、その一日だけ本隊は早く動ける。」

「それだけで救える命がある。」

誰もそれ以上は言わなかった。

館林は自らの疲れより、氏治から託された役目だけを見ていた。

吹雪を越え、尾瀬の雪原を渡り、獣道を進む。

猟師でさえ息を呑む速さだった。

「……殿。」

「この尾瀬を、この時季にここまで早く越えた者はおりますまい。」

館林は前だけを見た。

「ならば、最初になればよい。」

数日後。

ようやく雪煙の向こうに茅葺き屋根が見えた。

大内宿である。

会津と関東を結ぶ山間の宿場として、人馬を継ぎ立てる要地であった。�

福島県公式サイト、ほかに 1 件

宿場の者たちは、雪にまみれた四騎の姿を見て驚き、慌ただしく迎えに出る。

その中から、一人の老人が館林を見つめ、歩み寄った。

「……もしや。」

館林は馬を降りる。

「一夜の宿を借りたい。」

老人はその顔を見つめると、やがて目を細めた。

「そのお顔。」

「赤井の血筋でございますな。」

館林は少し驚いた。

「父をご存じか。」

老人は深く頭を下げる。

「もちろんでございます。」

「昔、新田公の御代、この山へ分かれ住んだ一族がおりました。」

「それが我ら赤井の始まり。」

「されど戦乱の世を逃れるうち、一族は散り散りとなり、名字さえ失いました。」

囲炉裏の火が静かに揺れる。

「ですが先代様は違いました。」

「この宿へ来られるたび、『赤井の血は絶えておらぬ』と仰せになり、一族へ再び赤井の姓を名乗ることをお許しくださいました。」

館林は静かに目を伏せた。

「……父らしい。」

老人は奥へ姿を消すと、一羽の若い鷹を腕に乗せて戻ってきた。

鷹は鋭い眼で館林を見つめている。

「これは、本来なら先代様へ差し上げるはずの鷹でございました。」

「よく馴れ、賢く育ちました。」

「呼べば戻り、人を恐れず、山も覚えます。」

「しかし、その機会を失ってしまいました。」

館林はゆっくり腕を差し出す。

鷹はためらうことなく舞い上がり、その腕へ静かに降り立った。

老人は嬉しそうに笑った。

「やはり、この子にも分かるのでしょう。」

「赤井の血が帰ってきたことを。」

館林は鷹の頭を優しく撫でた。

「今日より、お前はしるべだ。」

「共に山を越えよう。」

老人は深く頷いた。

「宿も馬も、どうぞご自由にお使いください。」

館林は首を横に振る。

「ありがたい。」

「だが、一晩だけ世話になろう。」

そして伝令を一人呼ぶ。

「明朝、片品へ向かえ。」

「街道の雪、人足、補給の準備を整え、本隊を迎えられるよう知らせよ。」

「はっ。」

館林は囲炉裏の火を見つめながら、静かに地図を広げた。

尾瀬は越えた。

ここから先は急ぐ戦ではない。

敵の懐へ入る。

一歩ずつ、慎重に。

次の目的地――鴫山城を見据えながら、館林は静かに夜を明かすのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ