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尾瀬先遣 ― 雪解けを待つ西方軍

新年の坂東大評定が終わると、氏治は諸将を前に尾瀬から会津へ至る山道を指し示した。

「西は急がぬ。」

「戦は春からだ。されど春になってから動いては遅い。」

静まり返った広間で、氏治は最初の命を下した。

「館林。」

館林の将が進み出る。

「少数の騎兵のみを率いて先行せよ。」

「目指すは南会津。大内宿をはじめ宿場や国人衆と渡りをつけ、春に我らが通る道を開いてこい。」

「宿を借り、兵糧を備え、馬を替え、案内人を得よ。」

「決して戦うな。」

「はっ!」

館林隊は百騎にも満たぬ精鋭だけを率い、人目を避けながら西へ向かった。

戦うためではない。

春の進軍を支えるための外交こそ、その役目であった。

続いて氏治は結城朝基へ目を向けた。

「朝基。」

「片品へ進め。」

「尾瀬の山道を調べ、中継点を設けよ。雪解けとともに騎兵が一気に越えられるよう備えるのだ。」

「承知いたしました。」

その隣へ、一人の若武者が歩み出る。

宇都宮尚綱の嫡子、朝綱である。

尚綱は二人を見比べると、小さく笑みを浮かべた。

「朝綱。」

「朝基。」

二人は同時に頭を下げる。

「お前たちは、まだ半人前だ。」

朝綱は少し悔しそうに顔を上げたが、尚綱は穏やかな表情のまま続けた。

「だからこそ、二人で一人前になれ。」

「朝綱は武を学び、朝基は知を磨く。」

「互いの足りぬところを補い、決して離れるな。」

「尾瀬では常に共に行動せよ。」

「はっ!」

二人は力強く声を揃えた。

こうして結城隊は片品へ進み、山人や猟師を訪ね歩きながら尾瀬への道を探り始めた。

積雪の深さ、渡河できる沢、兵糧を置く小屋、休息に適した平地。

春の進軍に備え、一つひとつ記録していく。

その頃、さらに後方では宇都宮尚綱率いる主力が沼田城へ入城していた。

ここには旧武田軍の精鋭も加わっている。

しかし、もはや武田軍という独立した軍勢は存在しなかった。

甲斐戦役を経て軍は再編され、武田の名将たちは宇都宮軍へ組み込まれていた。

副将は武田信繁。

騎兵を率いるのは馬場信春と内藤昌豊。

そして跡部は補給路の確保と兵站を一手に引き受ける。

宇都宮尚綱は城壁の上から雪に覆われた尾瀬の山々を見渡した。

「焦ることはない。」

「雪は敵だけでなく、我らにも等しく立ちはだかる。」

「ならば春まで兵を養い、その一日で一気に越えればよい。」

館林は南会津への道を開き、結城と朝綱は尾瀬の入口を整え、宇都宮と旧武田の主力は沼田で静かに雪解けを待つ。

西方軍は誰一人として会敵することなく、着実に春の進軍への布石を打ち続けていた。

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