追わずして勝つ
黒川へ向けて退く蘆名・佐竹軍。
その退路を断つべく、小山義広率いる別働隊は白河を越え、須賀川城近くまで進出していた。
兵は決して多くない。
補給基地を焼き払うことを最優先として動いたため、精鋭のみを率いた寡兵である。
そこへ退却してきた蘆名・佐竹の本隊が姿を現した。
「敵襲!」
法螺貝が鳴る。
小山は即座に兵を展開させた。
鉄砲が一斉に火を噴き、街道を塞ぐように槍衾が築かれる。
突然の迎撃に蘆名・佐竹軍は足を止めた。
だが、兵力差は歴然としていた。
敵はなお数万。
この場で踏みとどまれば包囲される。
小山は即座に決断する。
「目的は果たした!」
「ここで討ち死にするな!」
「全軍、後退!」
隊は乱れることなく、あらかじめ定めた道筋を使って南へ退いた。
敵も深追いはできない。
補給を失った大軍には、もはや無理な追撃を行う余力すら残っていなかった。
ほどなくして、氏治率いる本隊が須賀川へ到着する。
真壁幹久は街道に残る敵の足跡を見るや、拳を握り締めた。
「殿。」
「今こそ攻め時にございます。」
「敵は疲れ切っております。」
「一気に黒川まで押し立てましょう。」
しかし氏治は静かに首を振った。
「いや。」
「まずは小山と合流する。」
真壁は驚いたように顔を上げる。
氏治は続けた。
「戦とは、勝っている時ほど隊伍を乱してはならぬ。」
「寡兵で敵中を駆けた者たちを孤立させるわけにはいかぬ。」
やがて小山隊が須賀川へ帰還した。
兵は疲労こそしていたが、損害は少ない。
氏治は小山を労うと、新たな命を与えた。
「兵を再編せよ。」
「傷を癒やし、弾薬を補え。」
「その後、再び先行せよ。」
小山は静かに頷く。
「黒川を探れ。」
「敵の動きを見極めよ。」
「正面から戦う必要はない。」
「補給基地があれば焼き、食糧があれば確保し、自らの糧として進め。」
「敵に休む暇を与えるな。」
「承知いたしました。」
小山は新たな兵を加え、軽装のまま再び北へ駆けていった。
氏治はその背を見送り、今度は須賀川城へ目を向ける。
「今日はここまでだ。」
「兵を休ませる。」
家臣たちは一瞬、意外そうな表情を浮かべた。
勝っている今だからこそ追うべきではないのか。
そう考える者も少なくなかった。
氏治は宍戸政繁を呼ぶ。
「宍戸。」
「はっ。」
「兵站を整理せよ。」
「食糧、火薬、矢、馬の飼葉まで全て数え直せ。」
「ここから先は敵地だ。」
「一つ乱れれば追撃そのものが止まる。」
宍戸は深く一礼した。
「お任せください。」
須賀川城では兵たちが久方ぶりに鎧を緩め、傷の手当てを受け、温かな飯を口にした。
その間にも、小山の遊撃隊は北へ北へと進み、敵の補給路を断ちながら黒川への道を探っていく。
氏治は地図を前に静かに呟いた。
「急ぐな。」
「逃がさぬためには、こちらが崩れてはならぬ。」
坂東軍は勢いだけで追う軍ではなかった。
整え、休み、備えながら、一歩ずつ蘆名・佐竹を黒川へと追い詰めていくのである。




