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白河の土塁

三月。

雪解け水が中通りの街道を濡らし、白河の野はようやく春の息吹を見せ始めていた。

二階堂勢と白河勢は、蘆名・佐竹の大軍を迎え撃ちながらも徐々に後退を続けていた。

そこへ南から一団の軍勢が姿を現す。

先頭には赤備えの真壁幹久。

その隣には弟・笠間幹永。

さらに荷車を幾重にも連ねた工兵隊を率いる宍戸政繁が続いていた。

「間に合いましたな。」

真壁は馬上から二階堂へ軽く会釈する。

「これよりは小田勢が前に出る。」

二階堂が尋ねる。

「ここで決戦ですか。」

真壁は首を横に振った。

「いいえ。一度だけ勝ちます。」

その言葉に居並ぶ諸将は顔を見合わせた。

「勝って退く。それが殿のお考えです。」

翌朝。

白河近郊に築かれた小高い丘へ、小田勢は素早く陣を敷いた。

宍戸の工兵隊は夜を徹して土を積み、幾筋もの土塁を築き上げる。

土塁の間には木柵を巡らせ、その後方へ銃盾隊が並ぶ。

さらに盾と盾の上には竹骨へ牛革を張った天蓋が取り付けられた。

春雨程度なら火皿を守れる新たな工夫であった。

やがて蘆名・佐竹軍が姿を現す。

鬨の声が盆地に響き渡る。

敵は一気に土塁へ押し寄せた。

「撃て!」

真壁の号令とともに一斉射撃が轟く。

白煙が土塁を覆い、先頭の兵が次々と倒れていく。

突撃しても土塁。

乗り越えれば盾。

その奥から再び鉄砲が火を吹く。

何度攻めても突破できない。

午後には蘆名軍はついに退却を始めた。

白河の戦は、小田方の勝利に終わった。

しかし真壁は勝ち鬨を禁じた。

「追うな。」

その一言だけであった。

それからの日々、戦は終わらなかった。

蘆名・佐竹は兵を補充し、幾度も白河へ攻め寄せる。

そのたびに宍戸は新たな土塁を築き、壊れた柵を直し、街道を掘り返し、敵の進路を狭めていく。

季節は春から初夏へ移った。

やがて梅雨が訪れる。

灰色の空は幾日も晴れることなく、陣中は湿気に包まれた。

天蓋のおかげで火皿は守られる。

小雨の中でも鉄砲は撃てる。

しかし湿気は火薬を容赦なく蝕み、不発が目立ち始める。

撃てる。

だが、確実ではない。

さらに火薬と鉛も目に見えて減っていった。

ある夜、真壁は諸将を集める。

「白河で果たす役目は終わった。」

静まり返る陣中で、宍戸が地図を広げる。

「退路は整えてあります。橋は必要な時まで残し、最後に落とします。」

真壁は二階堂と白河の将を見た。

「諸将は先に那須砦へ。」

「ここからは我らが殿を務める。」

二階堂は深く頭を下げた。

「この恩、忘れませぬ。」

宍戸は工兵隊を率いて先頭に立つ。

橋を渡り、荷車を進め、兵糧を運び、最後尾では橋脚へ斧が振るわれる。

轟音とともに橋は川へ崩れ落ちた。

その音を背に、二階堂勢と白河勢は南へ向かう。

一方、真壁・笠間兄弟はなおも白河に残った。

土塁の陰から最後の一斉射撃を浴びせる。

敵が足を止めた隙に静かに陣を払う。

築いた土塁も、柵も、敵に利用されぬよう自ら崩しながら退いた。

白河を包む雨は、なお降り続いていた。

その雨の中を、小田軍最後の殿は整然と南へ去り、その行く手には半年に及ぶ攻防の舞台――那須砦が待ち受けていた。

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