春風の撤退
ライティング
第十五章 春風の撤退
三月。
浜通りへ小山義広と鹿島政清が軍を進めたとの報は、中通りにも大きな波紋を広げていた。
蘆名・佐竹は直ちに中通り諸将へ総動員を命じる。
しかし、その命に真っ先に異を唱えたのは須賀川の二階堂であった。
「我らは会津を守る前に、まず郷土を守る。」
その決断に白河衆も呼応する。
白河当主は兵を率いて北上し、二階堂軍と合流した。
中通りの諸将は各地の橋を落とし、街道に柵を築き、蘆名・佐竹軍を迎え撃つ。
春まだ浅い野山には雪解け水があふれ、田畑はぬかるみ、進軍は思うように進まない。
各所で激しい小競り合いが続き、蘆名・佐竹軍は前進するたびに兵を失っていった。
そんな折、南から土煙が立ち上る。
真壁幹久。
笠間幹永。
氏治の命を受けた援軍が、白河へ到着したのである。
真壁は戦場を一巡すると、二階堂と白河の両将を前に静かに口を開いた。
「ここで勝つ必要はない。」
「敵を那須砦まで誘う。」
二階堂は驚いた表情を浮かべる。
「退くのですか。」
「退く。」
真壁は迷いなく答えた。
「退くことは敗れることではない。兵を失わず、敵を疲れさせることこそ、この戦の要だ。」
笠間も地図を広げる。
「殿は我らが務める。二階堂殿と白河殿は兵をまとめ、交代で退いてください。」
やがて白河城の鐘が鳴り響いた。
中通り諸軍は一斉に後退を開始する。
先に退く隊を、後ろの隊が支え。
支える隊が退けば、さらに後ろの隊が受け持つ。
真壁の銃盾隊は街道を塞ぎ、敵が近づけば一斉射撃を浴びせ、頃合いを見て整然と退いた。
笠間隊は橋を落とし、渡河点を潰し、道幅の狭い谷では丸太を転がして敵の進軍を遅らせる。
二階堂も白河も、その見事な退きぶりに目を見張った。
誰一人として敗走する者はいない。
誰一人として隊列を乱さない。
まるで敵を導くように、小田軍は一歩、また一歩と北へ退いていく。
雪解けは日に日に進み、山々は萌黄色へと染まり始める。
梅は散り、桜が咲き、春風が戦場を吹き抜けた。
こうして中通りの諸軍は兵をほとんど失うことなく那須砦へ集結し、半年にも及ぶ長き攻防戦の幕が静かに上がろうとしていた。




