背炙山の盟約
背炙山の洞穴。
岩の上には、小さな木彫りが二つ並んでいた。
虎と亀。
土浦城――亀城で学び、白虎と玄武の寮で青春を過ごした者だけが、その意味を知る兵学館の証である。
その前に、那須資忠、結城朝基、館林の三人が腰を下ろした。
兵学館では学友。
今はそれぞれが戦場を預かる将となっている。
最初に資忠が口を開いた。
「まず俺から報告する。」
地図の西を指差す。
「尾瀬道は、鹿島衆の見聞方が築いた協力者のおかげで、鴫山城まで一度も戦にならなかった。」
「村々で兵糧も休息も得られ、敵に悟られず進軍できた。」
指は鴫山城で止まる。
「鴫山城には宇都宮尚綱殿、兄、それに武田信繁殿が詰めている。」
朝基は何の迷いもなく「兄」と呼ぶ。
上野守護となった今も、下野を預かる宇都宮朝綱は朝基にとって兄だった。
立場は対等。
だが兄弟の情は変わらない。
資忠はさらに続ける。
「尾瀬口は盤石だ。」
「一方、中通りでは那須砦を巡り、蘆名・佐竹と味方が総力戦を続けている。」
「まだ決着は見えない。」
そして浜通りへ指を移した。
「俺は春から浜通りで戦い、梅雨に相馬を解放した。」
「だが、その後は小山殿と別れ、俺は会津へ潜った。」
「それ以降の小山殿の戦況は分からない。」
今度は朝基が書状を開く。
「その先なら少しだけ分かっている。」
「蘆名と佐竹は、那須砦へ兵を集中させるため、浜通りから兵を引き抜いた。」
「その隙を小山殿は逃さなかった。」
朝基の指が浜通りを北へ進む。
「相馬解放後、浜通りの諸将をまとめ上げ、この夏の間に残る蘆名方を掃討しつつある。」
「さらに兵と兵糧を集める動きも確認された。」
「いずれ転進する兆しがある。」
館林が静かに問う。
「行き先は。」
朝基は首を振った。
「まだ読めない。」
「那須砦へ向かうのか。」
「それとも会津へ迫るのか。」
「そこまでは見聞方でも掴めていない。」
館林は短く頷く。
「ならば俺たちは、どちらでも動けるよう備えるだけだ。」
三人は地図を畳み、立ち上がった。
その時だった。
「少し待て。」
館林が二人を呼び止める。
岩の前にしゃがみ込むと、懐から木彫りを取り出した。
最初に置かれていた虎と亀の隣へ、もう一組の虎と亀を静かに並べる。
さらに一羽の鳥。
そして一匹の竜。
朝基は鳥を見て微笑んだ。
「兄か。」
館林は頷く。
「朱雀だからな。」
資忠は竜を見て笑う。
「鹿島殿か。」
「ああ。」
「浜通りで小山殿を支えるなら、この人しかいない。」
館林は六つの木彫りを見渡し、満足そうに小さく息をついた。
「最初は虎と亀だけでよかった。」
「だが、全員分ないと、なんだか落ち着かない。」
資忠と朝基は思わず笑った。
兵学館の頃から、館林はそういう男だった。
皆が別々の戦場へ散り、ここへ全員が集まることはもうない。
それでも館林は、せめてこの洞穴だけは仲間全員がそろっている姿にしておきたかったのである。
やがて三人はそれぞれの持ち場へ戻るため、別々の山道を歩き始めた。
背炙山の洞穴には、
虎が二つ。
亀が二つ。
鳥が一つ。
竜が一つ。
六つの小さな木彫りだけが静かに残され、離れた戦場で戦う兵学館の仲間たちを、誰にも知られず見守り続けるのだった。




