亀と虎の証
相馬を発った那須資忠は、二つの拠点を持っていた。
一つは会津城下の市中。
もう一つは会津を見下ろす背炙山である。
昼は商人として市中を歩き、鹿島衆が築いた協力者の商館で静かに兵糧や弓弦、わずかな火薬を受け取る。
夜は背炙山へ戻り、洞穴を拠点とする。
そこには襲撃で奪った蘆名や佐竹の旗、具足、陣笠、荷札が整然と積み上げられ、山そのものが兵糧蔵であり武具蔵となっていた。
そんな日々が続くうち、資忠は奇妙な違和感を覚え始める。
市中では、誰かの視線が絶えず付き従う。
背炙山では、姿は見えぬまま、自分と同じように山を知る者の気配を感じる。
敵ではない。
枝を払う所作。
岩場の選び方。
足跡の消し方。
兵学館で叩き込まれた流儀そのものだった。
資忠は協力者へ尋ねる。
「他にも、この辺りで動く者がいるのか。」
商館の主人は静かに頭を下げた。
「申し訳ございませぬ。」
「我らは担当するお一人にのみ身分を明かすよう命じられております。」
「協力者同士も互いを知らず、連絡も取りませぬ。」
資忠はそれ以上問わなかった。
その仕組みこそが、見聞方の強さであると理解していたからだ。
数日後、背炙山の洞穴へ戻ると、入口の平らな岩の上に小さな木彫りが二つ置かれていた。
一つは虎。
もう一つは亀。
どちらも掌に収まるほどの大きさで、丁寧に彫り上げられている。
資忠は思わず息をのんだ。
兵学館は土浦城――別名、亀城。
そして白虎寮と玄武寮。
この二つを並べる意味を知る者は、兵学館の者しかいない。
資忠は木彫りを手に取り、小さく笑った。
「そういうことか。」
翌朝。
老杉の下へ赴くと、一人の男が木陰から静かに姿を現す。
館林だった。
「虎は見つけた。」
館林は木彫りの亀を見せる。
「だから亀も姿を見せた。」
資忠は苦笑する。
「隠れることでは、お前に敵わんな。」
館林は静かに頷いた。
「まだ一人いる。」
「市中でお前を見守っていた影だ。」
その日の夕暮れ。
洞穴の入口に立った若武者は、懐からもう一つの木彫りを取り出した。
それは亀であった。
「久しいな、資忠。」
結城朝基はそう言って微笑む。
市中では朝基が。
山では館林が。
互いに連絡を取ることなく、それぞれの任務を果たしていたのである。
背炙山の洞穴には、白虎と二匹の亀が静かに並んだ。
兵学館で共に学んだ若き三将は、敵地の奥深くで再会を果たし、誰にも知られぬまま次なる一手を語り始めた。




