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山影の弓取り

相馬では浜通り解放軍が勢いを増していた。

一方、その知らせはまだ会津へ届いてはいなかった。

夜明け前。

那須資忠は十数騎だけを率い、阿武隈の山へ踏み入れた。

小山から預かった兵は皆、選び抜かれた者ばかりである。

誰もが鉄砲を携えていた。

だが、那須は静かに首を振った。

「鉄砲は切り札だ。」

兵は顔を見合わせる。

那須は背負っていた長弓を手に取った。

「矢は山がくれる。」

一本の竹を指差し、続いて杉や雑木の林へ目を向ける。

「竹があり、木がある。」

「羽は山鳥がくれる。」

「折れても、削ればまた矢になる。」

兵の一人が鉄砲へ視線を落とした。

「ですが、鉄砲ならば……。」

那須は火薬入れを軽く叩く。

「弾は自然から生まれぬ。」

「火薬も山では拾えぬ。」

「撃てば減る。」

「減れば終わりだ。」

静かな口調だった。

だからこそ兵たちは深く頷く。

鉄砲は勝負を決める一発のため。

普段の戦いは弓で十分だった。

「姿を見せるな。」

「山となれ。」

その日から那須隊は姿を消した。

昼は山奥の岩陰や雑木林に潜み、人の気配すら消す。

夜になると尾根を越え、谷を渡り、蘆名軍の陣を静かに見下ろした。

見張りが交代する刻。

荷駄が遅れる刻。

そのわずかな隙を狙い、矢だけが闇を裂く。

見張りが倒れる。

馬が逃げる。

荷車が炎に包まれる。

敵が追えば、山には誰もいない。

翌日には数里離れた谷で再び矢が飛ぶ。

「山に鬼がおる。」

蘆名兵はそう囁き始めた。

だが那須は鬼ではない。

ある日は猟師に紛れ、獣を追うマタギの姿で村へ入る。

またある日は荷を担ぐ商人として街道を歩き、浜通りの商館へ立ち寄る。

そこには鹿島衆や見聞方が密かに築いた協力者たちがいた。

米が渡される。

塩が渡される。

そして、わずかな火薬と鉛玉が静かに手渡される。

誰も大声では話さない。

商いを装い、荷を入れ替えるだけである。

夜になれば再び山へ戻る。

鉄砲は最後の一撃まで撃たない。

矢で削り、山で惑わせ、眠りを奪い、補給を断つ。

そして、ここぞという時だけ鉄砲が火を吹く。

那須資忠は弓を愛した。

しかし鉄砲を侮ることもない。

それぞれに生きる場があることを、誰よりも知っていたのである。

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