相馬奪還
春は過ぎ、雨の季節が訪れた。
数日にわたり降り続く雨は、阿武隈の山々から濁流となって河川へ流れ込み、浜通り一帯を潤していた。
蘆名・佐竹軍は河口近くへ陣を築き、座礁した坂東ガレオンを警戒しながらも、動かぬ船はもはや脅威ではないと考え始めていた。
その油断を、鹿島衆は待っていた。
夜半。
雨音だけが辺りを包む中、使者が駆け込む。
「政道様、上流の堰、満ちました。」
鹿島政道は静かに頷く。
「よし。」
「堰を切れ。」
その一言で、各所に築かれていた堰が一斉に開かれた。
濁流は怒涛の勢いで河口へ押し寄せる。
仮橋は砕け、舟は綱を切られ、陣幕は濁流に飲み込まれた。
「洪水だ!」
「橋が流される!」
混乱する敵陣へ、海上の要塞が目を覚ます。
船首砲が轟き、濁流に足を取られた兵の中央へ砲弾が突き刺さる。
続いてバリスタの巨矢が唸りを上げ、密集した兵を貫いた。
船腹の銃眼が一斉に開き、火縄の光が雨の闇を切り裂く。
さらに浅瀬に潜んでいた小舟が一斉に飛び出した。
濁流で広がった水路を縦横に駆け巡り、逃げ惑う敵の舟を次々と襲う。
陸では進めぬ場所でも、小舟は自由に動いた。
河口はたちまち蘆名・佐竹軍の退路を失わせる罠となる。
夜が明ける頃には、敵軍は完全に潰走を始めていた。
その報せは待機していた小山義広の陣へ届く。
「鹿島衆、河口を制圧。」
「敵、総崩れ。」
小山はゆっくりと立ち上がり、静かに太刀へ手を添えた。
「時は来た。」
「全軍、進め。」
法螺貝が響き渡る。
雪解け以来、この日を待ち続けた小田軍が一斉に前進を始めた。
敗走する蘆名・佐竹軍を押し返しながら、相馬へ向かって進軍する。
そして夕刻。
相馬城には再び相馬の旗が掲げられた。
小山は追撃を命じない。
城門の前に立つと、集まった将兵へ静かに告げた。
「我らが取り戻したのは城ではない。」
「浜通りの希望である。」
「ここ相馬を、浜通り解放軍の旗印とする。」
その言葉は、やがて浜通り各地へと使者によって届けられていく。
蘆名・佐竹は敗れた。
相馬は解放された。
浜通りの諸将よ、相馬へ集え――。
その報は、長く耐え続けてきた浜通りの武士たちの胸に、新たな希望の火を灯すのであった。




