会津の焦燥
追い打ちをかけるように、東北には数年続く冷夏が重くのしかかっていた。
稲は実りが鈍く、山間の村々では備蓄を切り崩す日々が続く。
民は飢えを恐れ、領主は年貢の減少に頭を抱えた。
そのような中、南から流れてくる噂だけは明るかった。
「坂東は今年も豊作らしい。」
「小田の支援を受けた浜通りでは、新しい牛や農具が配られた。」
「土浦へ荷を運べば銭になり、帰りには米や塩を積んで帰れる。」
「小田と付き合えば、少なくとも食うに困らぬ。」
そんな話が、商人や旅人の口から次々と広まっていく。
南へ近い浜通りや中通りでは、市が立つたびに人が集まり、荷が行き交い、銭が巡る。
飢えを凌ぐだけではない。
人々は腹を満たし、商いで銭を得て、さらに暮らしを豊かにしていた。
その繁栄が、会津の人々には眩しく映った。
蘆名の重臣たちは、その報せを聞くたびに顔を曇らせる。
「時が経てば経つほど、小田の恩は深く染み込んでいく。」
「兵ではなく、米と銭で国を奪うつもりか。」
広間には重苦しい空気が漂った。
しかも蘆名のもとには、敗れて逃れてきた佐竹の残党を抱えている。
兵糧も要る。
扶持も要る。
それでいて、彼らを遊ばせておくわけにもいかない。
国力は日に日に削られ、小田の勢力は日に日に増していく。
ついに蘆名当主は静かに口を開いた。
「……我らにも、もはや我慢の時は残されておらぬ。」
その一言に、居並ぶ家臣たちは息を呑んだ。
会津を包んでいた緊張は、ついに限界へと近づいていた。
この流れなら、次は蘆名が伊達・最上・相馬などへ密かに使者を送り、反小田・反上杉の連携を探る展開へ自然につながります。




