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第五の形 ― 巡る円

「では、裏を教えよう。」

上泉のその一言で、稽古は新たな段階へ入った。

これまでの表は、敵の攻めを受け、定められた一太刀を返す基本であった。

だが、上泉は木刀を構えると静かに言う。

「敵は一太刀受けられたくらいでは止まらぬ。」

「受けられたなら、さらに攻める。」

「だから裏がある。」

氏治は正眼に構えた。

上泉が真っ向より斬り下ろす。

氏治は上受けから袈裟へ返す。

しかし、その袈裟を上泉は受け流し、そのまま喉へ突きを放つ。

氏治は身を開いて突きを外し、再び正眼へ戻る。

「これが一之裏。」

二之形では、氏治の真っ向打ちを受けると、上泉は刃を流しながら胴を狙う。

氏治は下受けで応じる。

三之形では、右面への斬り返しを受け流し、横薙ぎで返す。

四之形では、突きを外へ払い、その勢いのまま真っ向へ斬り返す。

氏治は自然に上受けを取った。

その構えは、いつの間にか一之形の始まりになっていた。

氏治は目を見開く。

「……終わりません。」

上泉は静かにうなずく。

「そのために作ってある。」

「表は理。」

「裏は応じる理。」

「どちらも半分に過ぎぬ。」

その日から稽古は変わった。

一人で木刀を振ることはなくなり、二人で向かい合う形稽古だけになった。

表一。

裏一。

表二。

裏二。

表三。

裏三。

表四。

裏四。

そして再び表一。

毎日、それだけだった。

しかし、上泉は決して同じ順番だけを繰り返させなかった。

ある日は、

表一から裏三へ。

裏三から表四へ。

表四から裏二へ。

裏二から表一へ。

またある日は、

表二。

裏四。

表一。

裏一。

さらに別の日には、

裏三から始まり、

表三、

裏四、

表一と続く。

氏治は最初こそ戸惑った。

「先生、順番が違います。」

上泉は静かに首を振る。

「順番を覚えるためではない。」

「流れを覚えるためだ。」

「戦に一之形から始める敵などおらぬ。」

それ以来、氏治はどこから始まっても迷わぬよう、ただ繰り返した。

考えるより先に身体が動くまで。

春が近づく頃には、表と裏の境さえ意識しなくなっていた。

ある朝。

上泉は木刀を納めたまま言った。

「今日から第五の形だ。」

氏治は不思議そうに見つめる。

「第五……。」

「一から四までしかないと思ったか。」

上泉は笑った。

「一から四は技。」

「第五は流れだ。」

二人は正眼に構える。

上泉が打ち込む。

氏治が受ける。

返す。

受け流される。

さらに返す。

攻め。

受け。

返し。

かわし。

足は前へ。

斜めへ。

横へ。

半歩退き、半歩進む。

表も裏も区別はない。

八つの形は一本の流れとなり、止まることなく続いていく。

氏治は夢中で木刀を振った。

どこまでが一之形で、どこからが四之形なのか。

もはや分からない。

やがて最後の一太刀が終わる。

二人は静かに正眼へ戻った。

氏治はふと足元を見る。

思わず息をのんだ。

最初に立っていた場所。

最初と同じ間合い。

最初と同じ向き。

寸分違わず、そこへ戻っていた。

上泉も同じだった。

「……戻っています。」

上泉は地面を軽く木刀で叩いた。

「第五とは、一巡して始まりへ帰る形。」

「前へ出過ぎても戻れぬ。」

「退き過ぎても戻れぬ。」

「歩幅が違っても戻れぬ。」

「心が乱れても戻れぬ。」

氏治は静かにうなずく。

ようやく、この稽古の意味が分かった。

形とは技ではない。

姿勢。

間合い。

歩幅。

呼吸。

そのすべてを整えるためのものだった。

上泉は再び構える。

「もう一巡。」

氏治も構えた。

表も裏も意識しない。

ただ流れのまま動く。

一巡する。

そして、また始まりの位置へ帰る。

「もう一巡。」

また帰る。

何十巡。

何百巡。

春の日が傾くまで、二人は巡り続けた。

始まりへ帰る。

帰れば、また始まる。

終わりのない円。

それが、上泉伊勢守が最後の弟子へ授けた「第五の形」であった。

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