表より裏へ ― 師の沈黙
正月の大評定と軍事パレードが終わると、土浦の熱気は静かな冬の日常へと戻った。
氏治もまた、毎朝日の出とともに兵学館の演習場へ向かう。
上泉伊勢守は何も変わらぬように待っていた。
「今日も表だ。」
氏治は黙って木刀を構える。
一之形。
上段を受け、袈裟に斬る。
二之形。
下段を受け、真っ向へ打ち返す。
三之形。
左払いを受け、右面へ斬る。
四之形。
右払いを受け、中心へ突く。
四つを終えると自然に正眼へ戻る。
そして再び一之形。
止まることなく、一、二、三、四。
毎日、何百回も繰り返した。
上泉は時折、
「肩。」
「腰。」
「足。」
それだけを告げる。
余計なことは一切教えない。
一か月が過ぎた頃。
その日も氏治は黙々と形を繰り返していた。
一之形。
二之形。
三之形。
四之形。
……そして、何も考えずに正眼へ戻る。
その瞬間、氏治の手が止まった。
「……そうか。」
上泉は何も言わない。
氏治は独り言のようにつぶやく。
「四之形で終わるのではない。」
「四之形は、一之形へ戻るための形なのだ。」
「だから終わりがない。」
もう一度、木刀を振る。
一。
二。
三。
四。
一。
二。
三。
四。
まるで輪を描くように、四つの形は一つの流れとなって続いていく。
ようやく上泉が口を開いた。
「気づいたか。」
氏治は深くうなずく。
「はい。」
「形は四つではありません。」
「一つの流れです。」
上泉は満足そうに笑った。
「よい。」
「では、裏を教えよう。」
上泉は氏治と向かい合う。
「これまでの表は、相手が定められたように打ち込んでくる形だった。」
「だが敵は木偶ではない。」
「受けられたなら、次がある。」
上泉は静かに木刀を構える。
「これからは二人で行う。」
「お前が仕太刀、儂が打太刀だ。」
氏治は構えた。
上泉が真っ向から斬り下ろす。
氏治は上受け。
袈裟へ返す。
その瞬間。
上泉の木刀が袈裟を受け流し、鋭く喉元へ突きを返した。
氏治は驚きながらそれを外し、再び正眼へ戻る。
「これが一之裏。」
続いて二之形。
氏治の真っ向打ちを受けると、上泉は刃を流して胴を狙う。
氏治は下受け。
三之形では、右面への斬り返しを受け流し、横薙ぎで応じる。
四之形では、氏治の突きを払うと、上泉は真っ向へ斬り返した。
氏治は自然に上受けを取る。
その構えは、いつの間にか一之形の始まりになっていた。
氏治は目を見開く。
「……裏も終わりません。」
「四之裏が、一之表へつながっている。」
上泉は静かにうなずいた。
「そのために作られている。」
「表は理。」
「裏は、その理が破られたときの理。」
「二つ合わせて、初めて一つの形となる。」
その日から稽古は変わった。
一人で木刀を振る時間は終わり、二人で向かい合う形稽古が始まる。
表一、裏一。
表二、裏二。
表三、裏三。
表四、裏四。
そして再び表一。
冬の兵学館には、二人の木刀が打ち合う澄んだ音が、途切れることなく響き続けていた。




