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東国、銭の結びつき

夏の評定も終わりに近づいた頃、宇都宮尚綱が静かに口を開いた。

「殿。」

「下野では野州麻を育てております。しかし、越後の青苧ほど細く美しい糸にはなりませぬ。」

「もっと良い麻はないものでしょうか。」

評定の間は静まり返る。

氏治が答えようとしたその時、鹿島政道が穏やかに笑った。

「宇都宮殿。」

「そのお考えこそ、殿のお嫌いになる道にございます。」

宇都宮は首を傾げる。

「どういうことだ。」

「もし坂東で青苧まで育てれば、越後は何を売るのでしょう。」

鹿島は東国の地図を広げた。

「越後には越後の得意があります。」

「青苧、軍馬、酒、米。」

「それは越後から買えばよいのです。」

氏治は静かに頷いた。

「その方が銭は巡る。」

宇都宮も続ける。

「坂東馬も近頃は大きく力強く育っております。」

「されど武田衆が加わった今、軍馬はいくらあっても足りませぬ。」

「ならば軍馬も越後から買えばよい。」

氏治は迷いなく答えた。

「坂東馬は育て続ける。」

「だが不足する分は買えばよい。」

鹿島はさらに口を開く。

「どうせなら北条からも買いましょう。」

「船、木材、硫黄、蜜柑、それに軍馬。」

「坂東ガレオンだけは鹿島で建造します。」

「商船、輸送船、漁船、河川船は北条に任せれば、双方が潤います。」

その時、評定に列席していた南奥の使者が一歩進み出た。

「殿。」

「我ら南奥にも自慢の馬がございます。」

「漆、木材、米も坂東には引けを取りませぬ。」

氏治は興味深そうに尋ねた。

「硝石や鉄も採れると聞いたが。」

白河の使者が胸を張る。

「はい。それは我ら白河筋の山々より産します。」

氏治は静かに笑った。

「ならば皆買おう。」

評定の間がざわめく。

「ただし条件がある。」

「受け取った銭は坂東で使ってほしい。」

「鉄砲でもよい。」

「鎧でもよい。」

「切子でも、時計でも、醤でも、豚肉でもよい。」

「互いに売り、互いに買う。」

「それで皆が豊かになる。」

鹿島は地図を見回した。

「坂東は鉄砲と工業。」

「下野は野州麻。」

「越後は青苧、軍馬、酒、米。」

「北条は船、木材、硫黄、蜜柑。」

「南奥は馬、漆、木材、米、鉄。」

「それぞれ一番得意なものを担えばよいのです。」

宇都宮は深く頷いた。

「拙者は麻の話をしただけでございましたが……。」

氏治は笑みを浮かべる。

「一つの疑問から、大きな道が開けることもある。」

「東国は、一つの市場となる。」

「銭が巡る限り、人は商いを選ぶ。」

「商いが栄える限り、同盟は容易には切れぬ。」

「武で結んだ縁は戦で切れることもある。」

「だが、銭で結ばれた縁は、毎日の暮らしが支えてくれる。」

数日後、鎌倉と春日山から相次いで書状が届いた。

北条氏康は、

「土浦に北条商館を築き、潮来には蔵屋敷を構えたい。」

「今後も絶やさぬ付き合いを願う。」

と記し、祝いの品として相模の名馬、良材、蜜柑を添えてきた。

上杉謙信もまた、

「土浦に越後商館を築き、潮来には蔵屋敷を構えたい。」

「青苧、軍馬、酒、米は絶やさず送り届けよう。」

「末永き商いを願う。」

と書き送り、青苧の反物、銘酒、名馬を祝いの品として贈ってきた。

氏治は二通の書状を静かに畳み、穏やかに微笑んだ。

武によって結ばれた東国は、この日より銭によっても結ばれた。

人が行き交い、品が行き交い、銭が巡る。

その流れは、やがて東国を一つに結ぶ大河となっていくのであった。

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