白虎の牙、玄武の罠 ― 御前試合・前半戦 ―
法螺貝が高らかに鳴り響く。
「始め!」
審判の合図とともに、白虎寮が蹴り出しを行った。
いわゆる先攻である。
高く舞い上がった鞠を主将が巧みに受けると、そのまま馬腹を蹴って加速した。
「前へ!」
白虎の突撃が始まる。
木槍が激しくぶつかり合う。
馬体と馬体が肩をぶつける。
槍を持たぬ手で相手を押し、体勢を崩し、その一瞬の隙に味方へ鞠を送る。
道をこじ開け、さらに前進。
その戦いぶりは、まさに戦場を駆ける騎馬武者そのものだった。
早川殿は思わず歓声を上げる。
「すごい!」
「まるで本当の合戦です!」
朝綱は静かに頷く。
「白虎は一騎討ちを積み重ねて突破口を作る寮です。」
「個の強さで道を切り開きます。」
しかし玄武は違った。
真正面から押し返そうとはしない。
一歩。
また一歩。
ゆっくりと下がっていく。
「逃げています!」
早川殿が不思議そうに呟く。
大掾は静かに首を振った。
「いいえ。」
「誘っています。」
白虎は勢いよく前へ出る。
玄武はだらだらと下がる。
誰の目にも白虎が押しているように見えた。
だが、知らぬ間に玄武の選手たちは白虎を囲むように位置を変えていた。
正面。
左右。
後方。
ゆっくりと。
確実に。
逃げ道だけを狭めていく。
黄梅院が小さく息を呑む。
「囲まれている……。」
「はい。」
大掾は静かに答えた。
「玄武は力比べをいたしません。」
「獲物を狩場へ誘い込みます。」
「狼が群れで鹿を追い込むように。」
その言葉どおりだった。
「今です!」
短い合図とともに玄武が一斉に距離を詰める。
木槍が伸びる。
一本が白虎の足元から鞠を鮮やかに掬い上げた。
「奪った!」
競技場が沸く。
しかし白虎も年間王者だった。
「囲め!」
「逃がすな!」
今度は白虎が玄武を包囲する。
木槍が押し合う。
馬体がぶつかり合う。
両軍入り乱れる大乱戦となり、誰も鞠を外へ運び出せない。
その混戦へ、一騎が滑り込んだ。
結城朝基。
玄武の司令塔である。
朝基は転がる鞠をすくい上げると、馬首を返した。
右へ。
左へ。
槍先を紙一重でかわしながら、一気に前へ出る。
それに合わせるように玄武が左右へ散開した。
朝基の前に一本の道が開く。
「抜けた!」
観客席が総立ちになる。
だが白虎も諦めない。
一騎が執念で追い付き、朝基の馬へ並びかけた。
木槍が絡む。
馬体がぶつかる。
二騎はもつれ合い、朝基の手から鞠がこぼれ落ちる。
白虎が鞠を奪い返した。
しかし勢い余った白虎の騎手は落馬。
その瞬間だった。
朝基は馬の腹の下へ身を滑り込ませる。
反対側へ抜ける。
地面を蹴る。
一回転。
そして何事もなかったかのように鐙へ足を掛け、再び馬上へ戻っていた。
競技場は静まり返る。
誰も声が出ない。
早川殿は口元を押さえた。
「……すごい。」
黄梅院も目を見開いたまま動けない。
数瞬遅れて、大歓声が競技場を揺らした。
一方、落馬した白虎の騎手には医務班が駆け寄る。
肩を痛めたと判断され、そのまま担架で医務室へ運ばれていった。
白虎はすぐに交代区域から控え選手を送り出す。
兵学館では交代は自由。
試合は止まらない。
「続けろ!」
白虎も玄武も、負傷に動揺することなく再び激突する。
白虎が突破する。
玄武が止める。
玄武が抜ける。
白虎が追い付く。
あと半馬身。
あと槍一本。
その「あと少し」が、どうしても届かない。
武勇の白虎。
知略の玄武。
互いの長所が噛み合い、試合は激しい消耗戦へと変わっていった。
早川殿は拳を握り締める。
「惜しい!」
「あと少しなのに!」
黄梅院も静かに頷く。
「守りが固い……。」
大掾が腕を組む。
「焦れたほうが負けます。」
朝綱も続ける。
「両軍とも、それをよく分かっています。」
歓声。
ため息。
拍手。
それらが何度も繰り返される中、ついに法螺貝が前半終了を告げた。
互いに決定機を幾度も作りながら、一点が遠い。
兵学館屈指の好取組は、勝敗の見えぬまま後半戦へともつれ込むのであった。




