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姫たちの特別授業

カフェ・ガレオンを訪れてから数日後。

小田城へ戻った早川殿は、氏治へ嬉しそうに願い出た。

「氏治様。」

「お願いがあります。」

「何でしょう。」

「兵学館で、皆さんと同じように授業を受けてみたいのです。」

その一言に氏治は思わず微笑んだ。

「兵学館の授業を?」

「はい!」

「皆さんがとても楽しそうに学んでいるのを見て、私も一度体験してみたくなりました。」

隣にいた黄梅院も静かに口を開く。

「……私も、ご一緒してよろしいでしょうか。」

氏治は迷わず頷いた。

「もちろんです。」

「せっかくなら、お二人とも学生として一日過ごしましょう。」

こうして兵学館では急遽、姫君たちのための特別授業が企画された。

ただし特別扱いはしない。

「今日は兵学館の生徒です。」

氏治のその一言で、教官も寮生もいつも通り迎えることになった。

当日。

午前の鐘が鳴る。

教壇へ立ったのは治彦だった。

黒板代わりの板へ大きく筆を走らせる。

『源氏物語』

教室には四寮の寮生たち。

その中へ早川殿と黄梅院も自然に席へ着いた。

治彦は教室を見渡しながら話し始める。

「今日の授業は恋物語ではありません。」

「人の心を学ぶ授業です。」

「武家も商人も職人も。」

「人の気持ちが分からなければ、国は治められません。」

そう前置きすると、光源氏や紫の上、六条御息所らを題材に、それぞれの心情を分かりやすく語っていく。

教室は静まり返っていた。

早川殿は物語へ夢中になり、目を輝かせながら聞き入る。

「続きが気になります!」

黄梅院は人物たちの心の動きを静かに考え続けていた。

授業の最後。

治彦は静かに締めくくる。

「武家は剣だけでは国を守れません。」

「相手が何を思い、何を悲しみ、何を喜ぶのか。」

「それを知ることも、立派な学問です。」

教室には自然と拍手が広がった。

昼は兵学館の食堂。

早川殿は寮生たちと笑いながら食事を楽しみ、

黄梅院もいつしか自然と会話へ加わっていた。

学生たちも最初こそ緊張していたが、二人の気さくな人柄にすぐ打ち解ける。

午後になると、一行は笠間焼工房へ移動した。

職人が粘土を前へ置き説明する。

「今日は器を作っていただきます。」

「焼き上げは私ども職人が責任を持って行います。」

早川殿は袖をまくり、嬉しそうに粘土をこね始めた。

「難しいです!」

「でも楽しい!」

少し歪んだ器になっても本人は笑顔だった。

一方の黄梅院は静かに轆轤へ向かい、ゆっくりと器を整えていく。

職人は思わず感心する。

「初めてとは思えません。」

「とても丁寧なお仕事です。」

二人の器はどちらも作り手の人柄がよく表れていた。

夕刻。

授業の終わりに治彦は二冊の和綴じ本を持ってきた。

「最後に、お二人へ。」

表紙には美しい文字で書かれている。

『やさしい源氏物語』

早川殿は不思議そうに首を傾げた。

「講義録ではないのですか。」

治彦は首を横に振る。

「兵学館で編集した写本です。」

「原文は美しい反面、とても難しい。」

「そこで初めて読む方でも物語として楽しめるよう、分かりやすく書き直しました。」

本を開くと、難しい古文ではなく、読みやすい文章で物語が綴られていた。

人物紹介。

場面ごとのまとめ。

和歌の意味。

そして余白には、

『あなたなら、この時どう考えますか。』

そんな問いまで添えられている。

「兵学館では暗記より考えることを大切にしています。」

「この本も、何度でも読み返してください。」

早川殿は嬉しそうに胸へ抱く。

「ありがとうございます!」

黄梅院も静かに頭を下げた。

「大切に読ませていただきます。」

すると早川殿が思い出したように辺りを見回す。

「あっ。」

「焼き物は?」

治彦は笑いながら答えた。

「まだ乾燥も焼成も終わっていません。」

「焼き物は焦ってはいけませんから。」

「焼き上がりましたら、私が責任を持って小田城までお届けします。」

早川殿は残念そうにしながらも頷いた。

「それなら楽しみに待っています。」

黄梅院も優しく微笑む。

「出来上がる日まで待つ時間も、焼き物の楽しみなのですね。」

職人たちも満足そうに頷いた。

氏治は二人が大切そうに写本を抱える姿を見つめ、静かに笑う。

兵学館で学んだ一日。

その思い出は、やがて完成する器とともに、小田城へ届けられることになる。

春の夕暮れ。

兵学館を後にする馬車の中では、早川殿と黄梅院が早くも写本を開き、物語の続きを楽しそうに語り合っていた。

その様子を眺める氏治は、そっと胸を撫で下ろす。

戦によって結ばれた縁。

けれど今日という一日は、争いではなく学びが結んだ縁であった。

春風が吹き抜ける兵学館では、学生たちの笑い声がいつまでも響いていた。

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