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春を結ぶ笑顔

二月。

まだ寒さの残る鎌倉。

鶴岡八幡宮には北条、小田、そして上杉からも祝いの使者が集まり、華やかな空気に包まれていた。

この日、小田氏治と早川殿の婚儀が執り行われるのである。

もっとも、二人ともまだ幼い。

夫婦となるとはいえ、これから互いを知り、ゆっくりと成長していくための婚姻であった。

氏治と早川殿は、以前一度だけ顔を合わせていた。

その後は互いに文を交わし、兵学館のことや坂東の日々、鎌倉での暮らしなどを綴り合っていた。

本来なら、もう一度会う約束もしていた。

しかし、その直後に三国同盟戦役が始まる。

武田との大戦。

甲斐遠征。

約束は、そのまま果たせずに終わってしまっていた。

婚儀が終わり、祝いの席。

ようやく二人は改めて向かい合った。

氏治は少し照れくさそうに頭を下げる。

「早川殿。」

「お待たせしてしまいました。」

早川殿は不思議そうに首を傾げる。

「……え?」

「会う約束をしていたでしょう。」

「戦になってしまって。」

「本当に申し訳ありませんでした。」

氏治は真面目な顔で頭を下げた。

その姿に早川殿は思わず笑ってしまう。

「戦なら仕方ありません。」

「父もそう申しておりました。」

氏治もほっとしたように笑った。

その頃には宴も賑やかになり、家臣たちは酒を酌み交わしていた。

氏治は少し身を寄せる。

「せっかくですから。」

「坂東の皆を紹介します。」

「あちらが宇都宮殿。」

「弓なら誰にも負けません。」

宇都宮は豪快に笑いながら武田旧臣と杯を交わしている。

「あちらが結城殿。」

「真面目そうに見えますが、たまに冗談が鋭いんです。」

ちょうど結城が白虎寮の寮生にからかわれ、苦笑している。

「真壁殿は赤鬼なんて呼ばれていますけど、本当は畑の話になると止まりません。」

案の定、真壁は武田旧臣へ豚や牛の話を熱心に語っていた。

「あちらが宍戸殿。」

「城を造らせたら坂東一です。」

「でも橋や堰の話を始めると、一日終わります。」

早川殿は小さく笑う。

氏治も楽しそうだった。

「鹿島殿は海ばかり見ています。」

「大掾殿は兵糧を見ると元気になります。」

「水戸殿は、いつも何か考えています。」

「それから……。」

「あ。」

氏治は工房の方を指差した。

「白虎寮の治彦殿。」

「坂東では発明の神なんて呼ばれています。」

その瞬間。

遠くから聞こえてきた。

「だから、その呼び方はやめてください!」

白虎寮の方から治彦の叫び声が響き、周囲はどっと笑いに包まれる。

早川殿も思わず吹き出した。

氏治は嬉しそうに笑う。

「坂東は、こんな人たちばかりなんです。」

「少し変わっていますけど。」

「皆、とても優しい。」

「きっと早川殿とも仲良くなれます。」

その笑顔は、戦場で軍を率いる若き総大将のものではなかった。

一人の少年が、大切な友人たちを誇らしげに紹介する笑顔だった。

その姿を見つめながら、早川殿は静かに思う。

(父上が、この方を選ばれた理由。)

(少しだけ……分かった気がします。)

強いからではない。

勝ったからでもない。

人を安心させる笑顔。

相手を思いやる優しさ。

そして、家臣一人ひとりを心から大切にしていること。

その人柄に、人は自然と集まってくるのだろう。

早川殿は小さく微笑み、氏治の隣へ歩み寄った。

鎌倉の空には、まだ冬の冷たい風が吹いていた。

それでも二人の間には、春の訪れを感じさせる穏やかな空気が流れていた。

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