表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
177/1009

発明の神と騎馬隊の未来

兵学館では冬の寒風にも負けず、毎日のように騎兵演習が続いていた。


結城朝綱が率いる軽騎馬隊。


そこへ編入された馬場信春、山県昌景ら旧武田騎馬隊。


彼らは新式坂東長筒と試作ホイールロック短筒――「ピストル」の運用を研究していた。


朝から夕方まで馬を走らせる。


停止して撃つ。


走りながら構える。


鞍の上で照準を合わせる。


何十日も繰り返した。


しかし。


馬場信春はついに長筒を下ろした。


「……駄目ですな。」


山県昌景も苦く笑う。


「止まれば撃てる。」


「だが、走れば照準が定まらぬ。」


「これほど長い鉄砲では馬の揺れに勝てませぬ。」


結城朝綱も頷いた。


「射程は申し分ありません。」


「しかし馬上で扱うには長すぎます。」


三人はしばらく黙り込んだ。


やがて馬場信春がぽつりと呟く。


「こういう時は……。」


「発明の神を訪ねるしかありますまい。」


結城は苦笑した。


「本人の前では、その名は禁句ですよ。」


「また嫌そうな顔をします。」


三人は馬を返し、そのまま白虎寮へ向かった。


白虎寮の工房。


しかし治彦は工房にはいなかった。


「寮監なら演習場です。」


職人に案内されるまま向かうと、治彦は地面へ棒で大きな絵を描いていた。


砂漠。


長い隊商。


ラクダ。


馬。


見たこともない陣形。


そして、小さな兵士が伏せて鉄砲を構えている。


結城が首を傾げる。


「これは?」


治彦は振り返る。


「ああ、皆さん。」


「ちょうど良かった。」


「これはアラブの隊商。」


「キャラバンです。」


「それから……。」


少し考えて続ける。


「未来の戦い方。」


三人は顔を見合わせた。


また始まった。


この人は時折、本当に未来を見てきたかのような話をする。


馬場信春が尋ねた。


「長筒ですが。」


「馬上ではどうにも扱えませぬ。」


「未来では解決しておりますかな。」


治彦はあっさり首を横へ振った。


「してません。」


「少なくとも、この時代の長筒では無理です。」


三人は驚いた。


「無理……ですか。」


「はい。」


治彦は迷いなく頷く。


「長筒は馬の上で撃つ武器じゃありません。」


「運ぶ武器です。」


三人は耳を傾ける。


治彦は地面へ馬を描いた。


「まず肩紐で長筒を背負う。」


「馬で素早く移動する。」


「有利な丘。」


「林。」


「土塁。」


「そこまで走る。」


さらに木を書き足す。


「着いたら馬を木へつなぐ。」


「あるいは従者へ預ける。」


今度は兵士を伏せさせる。


「それから降馬。」


「伏せ撃ち。」


「敵を遠距離から撃つ。」


馬場信春は腕を組んだ。


「敵が接近したら?」


「逃げます。」


あまりに自然に答えたので三人は固まった。


「逃げる……。」


治彦は当然という顔だった。


「鉄砲兵ですよ?」


「近付かれたら不利です。」


「だから場所を変える。」


「また撃つ。」


山県昌景が苦笑する。


「逃げ切れぬ時は?」


治彦は机の上から短筒を持ち上げた。


「これ。」


「ピストル。」


三人の視線が集まる。


「長筒は置いていく。」


「あるいは従者へ預ける。」


「馬へ飛び乗る。」


「ピストルを抜く。」


パン。


と口で音を出す。


「一発。」


「二発。」


今度は腰の坂東サーベルを抜いた。


「撃ち終えたら。」


「サーベル。」


「突撃。」


「あるいは離脱。」


結城が目を見開く。


「つまり。」


「長筒。」


「ピストル。」


「サーベル。」


「全部役目が違う。」


「そう。」


治彦は笑った。


「長筒は遠距離。」


「ピストルは接近。」


「サーベルは白兵。」


「全部を一つでやろうとするから無理なんです。」


馬場信春は静かに頷く。


「武田では、一人の武者が全てを担うと考えてきました。」


「坂東は違う。」


「武器ごとに役割を分けるのですな。」


山県昌景も笑う。


「これは騎馬隊というより。」


「機動狙撃隊ですな。」


「そうです。」


治彦は嬉しそうに頷いた。


「馬は撃つためじゃない。」


「素早く移動するため。」


「撃つのは降りてから。」


「その方が当たります。」


三人は互いに顔を見合わせた。


今まで考えたこともない発想だった。


結城はぽつりと呟く。


「やはり。」


「発明の神ですな。」


馬場信春も苦笑した。


「時折、本当に未来を見てきたようなことを話される。」


治彦は首を傾げる。


「未来?」


「そんな大げさな。」


「当たり前の話ですよ。」


その何気ない一言に、その場にいた全員が思わず笑った。


彼らはまだ知らない。


その「当たり前」が、この時代では百年以上先を行く発想であることを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ