止まらない発想
医務室から戻った治彦は、以前にも増して仕事へ没頭していた。
倒れたことで身体は悲鳴を上げている。
それでも頭だけは違った。
まるで堰を切ったように、次々と新しい発想が湧き出してくるのである。
「これなら射程が伸びる。」
「いや、この部品を組み合わせれば雨にも耐えられる。」
「革袋はもっと簡素にできる。」
「銃剣は着脱式の方が整備しやすい。」
思いつくたびに図面を描く。
描き終える前に次の案が浮かぶ。
筆が止まることはなかった。
まるで命を削る代わりに、新しい知恵を絞り出しているようであった。
その姿を見ていたモンケは眉をひそめる。
「このままでは、治彦殿が先に壊れます。」
陳猛哲も珍しく真剣な顔で頷いた。
「一人へ仕事が集まりすぎていますな。」
「人を増やしましょう。」
氏治もこれを認め、大々的な人材登用が始まった。
三国同盟戦役で負傷し、前線を退いた兵たちは兵学館へ迎えられた。
戦場経験を生かし、教員、実験補助、工房職員、試験射撃、記録係として新たな職を得る。
さらに自由都市土浦へ移住してきた腕利きの職人たちにも声が掛かった。
ルソンから渡ってきた銃工や鋳物師。
相模から移り住んだ刀鍛冶。
堺や博多で修業を積んだ細工師。
彼らは白虎寮へ集められ、新たな研究工房が整えられていく。
工房には昼夜を問わず槌の音が響き始めた。
「これで少しは楽になるでしょう。」
モンケは胸をなで下ろす。
陳猛哲も満足そうに頷いた。
しかし。
二人は一つだけ見落としていた。
職人が増えたことで、治彦は一人で作る必要がなくなった。
その代わりに――。
「では、この図面も試せますね。」
「こちらも同時に作れます。」
「先生、この案も形にしてみましょう。」
「治彦殿、新しい試作品ができました。」
「次はどう改良しますか。」
工房中から次々と声が掛かる。
治彦の目が輝いた。
「それなら、この案も!」
「いや、待ってください!」
「もう一つ思いつきました!」
「これと組み合わせれば!」
筆はさらに速く走る。
設計図はさらに増える。
試作品は倍の速度で完成し、それを見た治彦はまた新しい改良案を書き始める。
完全な好循環。
ただし、治彦の身体だけを除けば、である。
モンケは頭を抱えた。
「……逆効果でしたな。」
陳猛哲も苦笑する。
「仕事を減らしたつもりが、刺激を与えてしまいました。」
工房の奥では、今日も治彦が夢中で図面を描いている。
誰よりも楽しそうに。
誰よりも嬉しそうに。
そして誰よりも、自分の命を削ることにも気付かないまま、坂東の未来を描き続けていた。




