日傘
日傘
その頃の治彦は、働き詰めだった。
兵学館。
白虎寮。
家畜研究舎。
鉄砲工房。
一日中どこかで設計図を描き、夜になると誰かに呼ばれる。
眠る時間も惜しんで考え続けていた。
そんなある日。
治彦はまた、不思議な夢を見た。
二〇〇〇年代。
秋。
とはいえ、残暑はなお厳しい。
休日の治彦は、久しぶりに車を走らせ、小田城跡歴史資料館へやって来ていた。
「やっぱり落ち着くなぁ。」
決して大きくはない。
派手な展示もない。
それでも、この小さな資料館が好きだった。
静かな展示室を歩き、氏治の甲冑や古文書を眺める。
「……なんだか、ほっとする。」
資料館を出る。
ふと小田城跡へ目を向ける。
「昔はここを電車が走ってたんだよな。」
今は廃線跡がサイクリングロードとなり、人々が思い思いに自転車を走らせている。
秋空の下。
子どもたちの笑い声が響く。
「平和だなぁ。」
その時だった。
資料館の前で、一組の若い男女が笑い合っていた。
彼氏が日傘を差し、彼女がその下で嬉しそうにアイスを食べている。
治彦は思わず視線を逸らした。
「……いいなぁ。」
少しだけ眺める。
「くそ。」
「リア充め。」
さらに見てしまう。
「……爆散しろ。」
もちろん声には出さない。
心の中だけで小さく吠える。
その時だった。
彼女の持つアイスが。
彼氏の日傘が。
ぼんやりと別のものへ見え始めた。
「……ん?」
アイスが。
火縄銃になった。
日傘が。
大盾になった。
二人並んで歩く姿が、まるで坂東の銃盾隊に見えてくる。
「相合傘……。」
「二人一組……。」
「盾……。」
「天蓋……。」
治彦の思考が一気につながる。
「盾に……。」
「アタッチメントで天蓋を付けたら……。」
「火皿だけ雨から守れる!」
ズキンッ!!
今までで一番激しい痛みだった。
頭が割れる。
いや、砕ける。
「うわああああぁっ!!」
世界が真っ白になった。
「治彦殿!」
「気が付きましたか。」
ゆっくり目を開ける。
見慣れぬ天井。
薬草の匂い。
兵学館の医務室だった。
目の前ではモンケが薬草をすり潰し、小鍋で静かに煎じている。
「……またですか。」
治彦は頭を押さえながら起き上がろうとする。
しかし身体が動かない。
モンケはため息をついた。
「あなたは働きすぎです。」
「人は牛ではありません。」
「少し休みなさい。」
しかし治彦は布団の上で半身を起こす。
「違う……。」
「盾だ。」
「盾に……。」
「天蓋を付けるんだ。」
「天蓋……。」
「雨を防げる……。」
「火皿が……。」
「撃てる……。」
ぶつぶつと同じことを繰り返す。
白虎寮の職人たちは顔を見合わせる。
陳猛哲が苦笑した。
「始まってしまいましたな。」
モンケは黙って小さな陶器の瓶を取り出す。
「では。」
「これを。」
治彦の鼻先へ薬を近づける。
「少し吸ってください。」
「……何ですか。」
「嗅ぎ薬です。」
「安心してください。」
「よく眠れます。」
治彦は半信半疑で香りを吸い込んだ。
次の瞬間。
「……あ。」
猛烈な眠気が押し寄せる。
「これは……。」
「だめ……。」
「盾に……。」
「天……。」
言い終える前に、そのまま眠りへ落ちた。
治彦が目を覚ましたのは、それから五日後だった。
窓から柔らかな朝日が差し込む。
身体は驚くほど軽い。
頭も澄み切っていた。
「……寝た。」
モンケが笑う。
「五日です。」
「よく眠りました。」
治彦は大きく背伸びをした。
「すっきりした。」
すると机の上には一枚の設計図が置かれていた。
そこには治彦が眠る直前に描いた走り書きが残されている。
『盾用着脱式天蓋』
治彦は思わず笑った。
「……夢じゃなかった。」
その設計図を手に取ると、再び白虎寮へ向かって歩き始めた。




