雨の日の火縄銃
その数日後。
治彦はまた奇妙な夢を見た。
二〇〇〇年代。
いつもの会社。
治彦は朝から机に積み上がった書類を見て頭を抱えていた。
「まだ増えてる……。」
営業が苦笑しながら段ボール箱を抱えてくる。
「治彦さん、また問い合わせです。」
「今度は何?」
「火縄銃です。」
「……はい?」
営業は淡々と読み上げる。
「『雨の日に撃てません。返品できますか。』」
治彦は思わず天井を見上げた。
「そりゃ火縄銃だからなぁ……。」
営業はさらに紙をめくる。
「『掃除が大変です。もっと簡単にしてください。』」
「うん。」
「『なんで前から弾を込めるんですか。不便です。』」
「……。」
治彦は無言で机に突っ伏した。
「無茶言うなよ……。」
その日も電話は鳴り止まない。
「もしもし。」
『火縄が湿りました!』
「乾かしてください。」
『撃つ前に火が消えました!』
「火を点け直してください。」
『雨の日でも撃てるようにしてください!』
「それができたら苦労しません!」
気づけば外は真っ暗だった。
「今日も残業か……。」
会社を出ると雨が降っていた。
治彦は傘を差し、近所のコンビニへ立ち寄る。
弁当を一つ。
レモンサワーを一本。
袋を提げて夜道を歩く。
ぽつぽつと雨が傘を叩く音だけが聞こえる。
昼間の問い合わせを思い出し、思わず苦笑した。
「雨の日に火縄銃が撃てないなら……。」
誰に言うでもなく、小さく呟く。
「傘でも差して撃てよな。」
その瞬間だった。
ズキンッ――。
頭を割るような激痛が走る。
「うっ!」
視界がぐるりと回る。
雨も街灯も、コンビニも遠ざかっていく。
「治彦殿!」
「治彦殿!」
聞き慣れた声で目を開ける。
目の前には心配そうな顔が並んでいた。
白虎寮の職人。
兵学館の教官。
陳猛哲。
皆が覗き込んでいる。
「起きた!」
「よかった!」
治彦はぼんやりと周囲を見回した。
そこは白虎寮の工場だった。
机の上には坂東筒の設計図。
長筒の試作品。
火皿や火蓋の試作品まで散らばっている。
どうやら設計図へ向かったまま、疲労で気絶していたらしい。
陳猛哲は腕を組みながら笑った。
「三日ほど寝ておられませんでしたからな。」
「長筒、銃剣、火蓋、雨対策……。」
「全部一人で考えようとするからです。」
治彦は額を押さえながらゆっくり起き上がる。
夢の最後の一言が頭から離れない。
――雨の日に火縄銃が撃てないなら、傘でも差して撃てよ。
「……傘。」
治彦はしばらく考え込んだ。
「いや、待てよ。」
「傘……。」
その目が急に輝く。
「傘じゃなくても。」
「火皿だけを雨から守れればいいんじゃないか?」
工房中が静まり返る。
陳猛哲がゆっくり口元を緩めた。
「続きを。」
治彦は立ち上がり、紙へ勢いよく図を描き始める。
「火皿を覆う蓋を付ける。」
「撃つ瞬間だけ開くようにすれば……。」
白虎寮の職人たちも一斉に机へ集まった。
夢で聞いた何気ない愚痴が、坂東筒をさらに進化させる新たな発想へと変わろうとしていた。




