若き猛牛
その夜。
氏治と治彦は、不思議な夢を見た。
二〇〇〇年代。
茨城県つくば市。
治彦は仕事を終え、夕暮れの街を車で走っていた。
見慣れた交差点。
見慣れたコンビニ。
信号待ちをしながら、大きく息をつく。
「疲れた……。」
家へ帰ると、スーツを脱ぎ、風呂へ入る。
熱い湯に肩まで浸かると、自然と力が抜けていく。
風呂上がりには冷えた缶ビールを一本。
「これだよ、これ。」
テレビの前へ座る。
今日は楽しみにしていた歴史特番の日だった。
『歴史を変えた英雄たち』
その日の特集は。
『坂東の若き猛牛 小田氏治』
「え?」
治彦は缶ビールを持つ手を止めた。
画面には見慣れた軍旗が映る。
雷霞一撃。
蜈蚣切。
筑波山神社。
霞ヶ浦。
そして自由都市土浦。
番組は当然のように語っていた。
『十一歳で家督を継いだ小田氏治は、坂東藤原流をまとめ上げ、宇都宮・結城・大掾・真壁らを束ね、坂東連邦を築きました。』
『その後、兵学館を創設し、鉄砲や築城、農業改革を進め、北条・上杉との三国同盟を成立させます。』
『甲斐侵攻では武田晴信を破り、その死後は武田家臣団を保護。さらに武田家と北条家を婚姻によって坂東へ迎え入れました。』
映像には、筑波山神社の武田晴信の墓。
那須と館林を祀る社。
霞浦兵学館。
土浦の港。
坂東ガレオン。
まるで当たり前の歴史として紹介されていく。
治彦は呆然としていた。
「……全部。」
「本当に歴史になってる。」
番組の司会者が笑う。
『戦国時代といえば織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の三英傑が有名ですが、知名度では及ばないものの、近年もっとも人気を集める戦国武将の一人が小田氏治です。』
続いて歴史学者が口を開く。
『甲斐の虎、越後の龍と渡り合った常陸の若き猛牛。』
『それが小田氏治です。』
「……猛牛?」
治彦は首を傾げた。
「猛牛って、何だそれ。」
その瞬間だった。
景色がぐにゃりと歪む。
テレビの音が遠ざかる。
「――っ!」
猛烈な頭痛が走った。
「殿!」
「治彦殿!」
聞き慣れた声で目を開ける。
視界いっぱいに牛の顔があった。
「……牛?」
鼻先が頬をつつく。
温かな舌が額を舐めた。
「お、おい……。」
周囲を見回す。
そこは兵学館の家畜研究舎だった。
机には改良途中の飼料の記録。
牛舎には韓牛や坂東牛が並び、心配そうにこちらを見ている。
どうやら机へ突っ伏したまま眠っていたらしい。
真壁幹永が苦笑した。
「ようやく起きましたか。」
「三日三晩、牛の改良ばかり考えておられましたぞ。」
治彦は額を押さえながら起き上がる。
「夢……だったのか。」
一頭の牛が「モォ」と鳴く。
まるで「大丈夫か」と言っているようだった。
治彦は思わず笑った。
「ありがとう。」
牛は満足そうに鼻を鳴らす。
その時、不意に夢の最後の言葉が頭をよぎる。
――常陸の若き猛牛。
治彦は牛たちを見回し、小さく呟いた。
「……もしかして。」
「猛牛って、お前たちのことじゃないよな。」
牛たちは何事もなかったかのように、のんびりと草を食み続けていた。




