臨時評定ーー戦勝の後
三国評定を終えた翌日。
なお木曽谷では武田残党が兵を集め、信濃では上杉軍、甲斐では北条軍、小田軍も各地の治安維持に追われていた。
その最中、砥石城において小田家のみの臨時評定が開かれた。
氏治は上座へ座ると、居並ぶ諸将を静かに見渡した。
宇都宮。
真壁。
宍戸。
鹿島。
結城。
大掾。
そして新たに加わった武田旧臣たちも末席に控えている。
氏治は蜈蚣切りを前へ置いた。
「まず恩賞を定める。」
評定の間に緊張が走る。
「結城家。」
「はっ。」
結城朝綱が進み出た。
「坂東創設以来の功、そして此度の戦で宇都宮勢とともに武田本陣を突破した働き、誠に見事であった。」
氏治は一枚の地図を広げた。
「結城家を上野へ転封する。」
どよめきが起こる。
「上野一国を預ける。」
「追って幕府へ願い出て、上野守護職への補任も申し立てる。」
朝綱は驚きながらも深く平伏した。
「結城家、身命を賭して上野を治めます。」
氏治は頷く。
「上野は坂東の西門である。」
「結城家に任せる。」
続いて氏治は地図の結城領を指した。
「空く結城領には武田旧臣を配す。」
武田信繁が静かに頭を下げる。
「信繁殿を筆頭に、武田の家臣団には結城領へ移ってもらう。」
「武田の忠義も武勇も、坂東のために振るってほしい。」
信繁は目を潤ませながら答えた。
「亡き兄上のお志に背かぬよう、お仕えいたします。」
馬場信春をはじめ武田旧臣たちも深く頭を垂れた。
氏治は静かに笑う。
「武田を滅ぼしたのではない。」
「坂東へ迎え入れるのだ。」
その言葉に武田旧臣たちは涙ぐんだ。
「次に婚姻について。」
評定の空気が少し和らぐ。
「まず三国同盟の約定どおり、北条姫との婚姻を進める。」
氏康との盟約である。
諸将は異議なく頷いた。
「そして。」
氏治は真顔へ戻る。
「晴信殿の遺言でもある。」
「武田家の姫君との婚姻も進める。」
真壁が静かに笑う。
「これで北条も武田も一門になりますな。」
「そうだ。」
氏治は頷いた。
「戦で結ばれた縁ではなく、家族として迎える。」
しばらく沈黙が流れた後、大掾幹家が前へ進み出た。
その表情に笑みはなかった。
氏治の前へ膝をつく。
「殿。」
「お願いがございます。」
「申せ。」
「此度の戦において、那須殿と館林殿を死なせた責は、すべて私にございます。」
評定の間が静まり返る。
「私が功を焦り突出したため、お二人は私を庇って前へ出られました。」
「よって家督を嫡男へ譲り、私は隠居いたしたく存じます。」
氏治はしばらく黙っていた。
やがて厳しい声で言う。
「許さぬ。」
大掾は顔を上げる。
「責任から逃げることは、那須も館林も望まぬ。」
「お前は生き残った。」
「ならば生きて責任を果たせ。」
氏治はさらに続けた。
「お前の嫡男は今、兵学館に学んでいる。」
「卒業までは、お前が後見として領国を治めよ。」
「豊かな国を築き、立派な姿で子へ引き継ぐこと。」
「それが、お前への処分だ。」
大掾は涙を流しながら深く頭を下げた。
「……必ず。」
「那須殿、館林殿に恥じぬ国を築いてみせます。」
最後に氏治は立ち上がった。
「もう一つ。」
「武田晴信殿の葬儀について定める。」
諸将は静かに姿勢を正す。
「晴信殿は敵将であった。」
「だが最後まで武士として責任を果たされた。」
「ゆえに坂東最高の礼をもって弔う。」
氏治は西を見つめた。
「晴信殿は筑波山神社へ葬る。」
「筑波の峰より西を望み、遠く故郷・甲斐を想える地で永く眠っていただこう。」
武田旧臣たちは驚き、深く頭を垂れた。
馬場信春は震える声で言う。
「敵将に、ここまでのお情けを……。」
氏治は静かに首を振る。
「情けではない。」
「晴信殿は坂東にとっても忘れてはならぬ名将だ。」
「その勇と義を後の世へ伝えることも、勝った者の務めである。」
評定の間にいた全員が静かに頭を下げた。
戦は終わった。
しかし坂東は今、新たな国づくりという、さらに大きな戦いへ歩み始めようとしていた。




