附城をめぐる攻防(続)
その夜、小田軍は動いた。
氏治の命を受けた笠間勢と結城勢は、小隊ごとに分かれて武田軍の周囲へ散る。
鬨の声を上げ、鉄砲を放ち、山肌に松明を揺らす。
「敵襲!」
武田軍はたびたび飛び起き、そのたびに兵を繰り出す。
しかし敵はすでに姿を消していた。
「追うな!」
晴信は諸将を制した。
「敵の狙いは我らを疲れさせることだ。」
武田軍は警戒を維持しながらも深追いはしない。
その混乱の裏で、小山義広は西上野からの街道を駆け抜け、無事に砥石城へ帰還した。
那須勢もなお山中に潜んでいた。
武田軍は昼夜を問わず山林へ見張りを置き、弓兵を配置する。
それでも那須の散兵は止まらない。
一本射れば場所を変え、また一本。
山のどこから飛んでくるか分からぬ矢に、武田兵は眠ることすら許されなかった。
「……厄介な。」
馬場信春は舌打ちした。
「敵は山そのものだ。」
翌朝。
法螺貝が山々へ響き渡る。
武田晴信は軍配を高く掲げた。
「総攻撃。」
「附城を落とせ!」
赤備えを先頭に、武田軍は雪崩を打って附城へ殺到した。
土塁は崩れ、柵は砕かれる。
宍戸政繁は最後まで兵を励ました。
「持ち場を離れるな!」
しかし兵力差は覆せない。
「殿!」
「これ以上は持ちませぬ!」
宍戸は静かに頷いた。
「撤退だ。」
附城の兵は計画どおり砥石城方面へ引き始める。
勝ち鬨を上げながら武田兵が附城へなだれ込んだ。
その瞬間だった。
轟ッ――!!
附城全体が激震した。
地下へ蓄えられていた臼砲用火薬へ火が回る。
激しい爆発とともに木柵が吹き飛び、瞬く間に附城は炎に包まれた。
「しまった!」
「火薬だ!」
先鋒の武田兵は炎と爆風に巻き込まれ、大混乱に陥る。
その機を氏治は見逃さなかった。
「今だ!」
砥石城から総攻撃が始まる。
宍戸勢と笠間勢は左右へ大きく展開し、逆八の字を描くように前進する。
燃え盛る附城を背にした武田軍は、逃げ場を失いながら盆地へ押し下げられていく。
「押せ!」
「止まるな!」
その時。
背後から法螺貝が響いた。
「坂東の援軍!」
館林より兵站線を駆け上がってきた大掾勢である。
さらに山中から那須勢も姿を現し、一斉に武田軍後方へ襲いかかった。
武田軍は完全に挟撃される。
だが、その最中だった。
「討ち取れ!」
功を焦った大掾勢が予定より深く突入する。
突出したその隊へ、武田軍が一斉に殺到した。
「大掾殿!」
那須は迷わず馬首を返す。
館林勢もまた大掾を救うため前へ出た。
三隊は激戦の中で一団となり、退路を塞ぐ形で武田軍後方へ食い込む。
その結果、武田軍は退却路を完全に失った。
一方で、那須と館林はその乱戦の中で深手を負う。
この突出は武田軍の退路を断ち、勝敗を決定づける一手となる。
しかし、その代償もまたあまりにも大きかった。
前方では宍戸勢と笠間勢がなお武田軍を押し込んでいた。
逆八の字に広がる銃盾陣。
その中央が、不意に左右へ開く。
「今だ!」
宇都宮尚綱。
結城朝綱。
両軍の騎馬隊が一直線に武田軍中央を突き破る。
縦に裂かれた戦列へ、氏治自ら本隊を率いて突入した。
混戦。
怒号。
炎。
氏治は敵兵を斬り伏せながら進む。
ふと、一頭の馬が主を失って駆け去るのが見えた。
その先に、一人の武将が倒れている。
赤備えの具足。
肩には深い傷。
落馬しながらも刀を支えに立ち上がろうとしていた。
「……武田晴信。」
氏治は馬を降りる。
周囲の兵が槍を向けた。
「討ち取るな!」
その一喝で兵は止まる。
氏治は晴信の傍らへ膝をついた。
「武田晴信。」
「そなたは坂東の敵であった。」
「だが、ここで死なせはしない。」
晴信は薄く目を開き、若き氏治を見つめた。
「……そうか。」
「勝ったのは……おぬしか。」
氏治は静かに頷く。
「手当てをせよ。」
「丁重に保護する。」
総大将・武田晴信の捕縛。
その報は瞬く間に戦場を駆け巡り、なお戦っていた武田軍の戦意を完全に打ち砕いた。
附城を巡る激戦は、ついに坂東軍の大勝利という形で幕を閉じる。
しかしその勝利の陰で、突出した大掾を守り続けた那須と館林は、ついに帰らぬ人となるのであった。




