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兵站を巡る知略

武田晴信は砥石城を前にしても、攻撃の命を下さなかった。

「城を落とすより、兵糧を断つ。」

その一言で武田本隊は砥石城と付城を素通りし、小田軍最前線の補給基地へ進軍する。

狙いは館林から西上野、そして砥石城へ続く坂東軍の兵站線であった。

狼煙が上がり、急報が砥石城へ届く。

氏治は静かに地図を見つめる。

「やはり兵站を狙ってきたか。」

「晴信らしい。」

家臣たちは全軍出撃を進言する。

しかし氏治は首を横に振った。

「全軍は動かさぬ。」

「砥石城を空ければ、それこそ晴信の望みだ。」

軍配は宇都宮尚綱と結城晴朝へ向けられる。

「尚綱、晴朝。」

「騎馬にて出よ。」

「敵を討とうとするな。」

「幹家を支え、戦を一刻でも長引かせよ。」

「御意!」

宇都宮・結城の騎馬隊は武田軍の周囲を駆け、矢を放っては離れる。

追えば退き、退けば射る。

武田軍はそのたびに隊列を組み直し、進軍の歩みを止められた。

その間、大掾幹家は兵糧、火薬、荷駄を次々と後方へ退避させる。

しかし、武田本隊の圧力はなお強い。

激戦の末、最前線の補給基地は打ち壊され、残された兵糧蔵や荷車には火が放たれた。

宇都宮・結城は損害を抑えながら退却する。

補給基地は失われた。

だが武田軍は、その一つの基地を落とすために丸一日を費やしていた。

夜。

武田軍は場所を変え、新たな野営地を築く。

兵たちがようやく腰を下ろした、その時だった。

「火だ!」

補給物資を積んだ荷車の一角から炎が立ち上る。

兵たちは慌てて駆け寄り、ほどなく鎮火させた。

被害は大きくなかった。

しかし誰かが呟く。

「味方の中に裏切り者がおるのでは……。」

野営地に不穏な空気が流れる。

その直後――。

ひゅっ。

闇を裂いた一本の矢が見張りの兵を射抜いた。

「敵襲!」

武田兵が松明を掲げて林へ走る。

さらに別の方向から矢が飛ぶ。

那須衆であった。

闇に紛れて矢を放ち、姿を消す。

追っても誰一人見つからない。

馬場信春は地に刺さった矢を拾い上げる。

「敵は外にいる。」

晴信も静かに頷いた。

「陣内を疑うな。」

「敵は我らを眠らせぬつもりだ。」

「夜警を増やせ。」

「斥候を倍にせよ。」

武田軍は外への警戒を強める。

しかし、その代償として兵たちは再び眠れぬ夜を迎えることとなった。

一方、砥石城では報告を聞いた氏治が静かに軍配を置く。

「晴信は兵站を断ち、一手先んじた。」

「ならば我らも夜をもって一手返す。」

「戦はまだ始まったばかりだ。」

砥石城を挟み、武田と坂東。

両雄は剣を交える前から、すでに知略で激しく火花を散らしていた。

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