北へ向けた銭の戦
北へ向けた銭の戦
論功行賞を終えた評定の間は、一度静寂に包まれた。
氏治は再び立ち上がると、坂東の北を描いた絵図を広げる。
「恩賞は終わった。」
「ここからは坂東百年の礎を定める。」
その時、水戸頼治が数通の書状を差し出した。
「殿、奥州南部の諸侯より相次いで書状が届いております。」
氏治は一枚一枚目を通し、やがて静かに顔を上げた。
「佐竹は蘆名へ落ち延びたか。」
評定の間がざわめく。
「はい。」
「浜街道、中通りの諸侯はいずれも同じことを申しております。」
「佐竹残党は蘆名を頼り、その庇護を受けております。」
氏治は北の絵図へ軍配を置いた。
「ならば蘆名とは、いずれ決着をつけねばならぬ。」
「だが、それは今日ではない。」
氏治の指は浜街道と中通りをなぞる。
「この地の諸侯まで敵としてはならぬ。」
「北には坂東が持つものを惜しみなく送れ。」
「寒さに耐える坂東牛。」
「盾となる牛革。」
「兵学館が磨いた坂東筒。」
「坂東ガレオンと坂東和船。」
「痩せた土地でも実るジャガタラ芋と琉球芋。」
「農具。」
「職人。」
「そして学。」
家臣たちは静かに聞き入る。
氏治は続けた。
「奥州南部は山が多く、耕せる土地は少ない。」
「ならば無理に坂東と同じ国にする必要はない。」
「果樹を育てよ。」
「冬には細工を興せ。」
「兵学館は図面を送り、坂東は買い支える。」
「互いに足りぬものを補えばよい。」
鹿島政道が尋ねる。
「殿、それでは坂東の利が減りませぬか。」
氏治は静かに首を振った。
「目先の利を数えるな。」
「浜街道、中通りでは安く売り、高く買え。」
「米や牛、芋、農具は惜しむな。」
「代わりに馬、木材、漆、果実、鉄、職人の技には正当な値を払え。」
「相手が豊かになれば、その富はいずれ坂東へ巡る。」
そして鹿島政道と水戸頼治を見据えた。
「見聞方と交渉方を重点的に配せ。」
「坂東の寛容を語れ。」
「だが、誇張はするな。」
「実際に助け、その事実だけを伝えよ。」
「人は言葉では動かぬ。」
「恩によって動く。」
氏治は最後に静かに言い放った。
「銭を惜しむな。」
「人を惜しむな。」
「これは兵の戦ではない。」
「銭の戦である。」
「いずれ北の諸侯は坂東の友となる。」
「その日を買うためならば、今一時の損など忘れよ。」
その言葉に、家臣たちは深く頭を垂れた。
坂東は剣だけで北を目指すのではない。
商いと支援によって、人の心を得る道を選んだのであった。




