雪解け前の大号令
まだ山々には雪が残り、街道もぬかるみに閉ざされる早春。
その静寂を破るように、一通の檄文が関東一円へ駆け巡った。
関東管領・上杉謙信、出陣。
上杉家は関東諸将へ大号令を発し、上野への集結を命じる。
関東管領上杉家、長尾家を正式に継承。
上杉謙信、北条討伐と鶴岡八幡宮参拝を大義に関東出兵。
柿崎景家、直江実綱、宇佐美定満、本庄実乃ら主力が参陣。
ただし武田信玄と越後国内(一向宗など)への備えのため、全軍動員は行わず精鋭中心で遠征。
その報は数日のうちに関東各地へ伝わる。
北条は全軍へ警戒令を発する。
武蔵・上野国境の諸城は兵を増やし、街道では昼夜を問わず物資が運ばれた。
一方、佐竹義重も機を逃さなかった。
南東北諸将へ参陣を要請。
相馬などが佐竹領へ集結。
相常同盟を名目に出兵を宣言。
第一目標を那珂湊城攻略と決定。
しかし佐竹軍も事情を抱えていた。
冷夏・不作による兵糧不足。
南東北連合軍ゆえ統率に限界。
長期戦には耐えられない。
そのため積極的な決戦ではなく、那珂湊城を包囲し、小田軍を誘い出す方針を固める。
小田城でも緊急評定が開かれる。
見聞方からは、西では上杉、北では佐竹という二正面作戦が現実になったと報告される。
氏治は地図を見つめながら静かに命じる。
那珂湊城・支城群で佐竹軍を受け止める。
真壁・笠間の盾部隊を北方へ配置。
鹿島衆は海上補給を維持。
主力は北条と協力し、西で上杉軍を迎え撃つ。
こうして雪解けを待つ関東は、一斉に兵を集め始めた。
狼煙は日に日に増え、街道は兵糧を積んだ荷駄で埋まり、城門は昼夜を問わず開閉を繰り返す。
誰もが理解していた。
まだ戦は始まっていない。
だが、その一通の大号令によって、関東全土は一瞬にして戦時へと変わったのであった。




