夕刻の馬庭球
夕刻の馬庭球
まだ八月の土浦は日が高かった。
玄武寮が兵学館へ戻ると、調査道具を倉庫へ片付け、そのまま馬庭球場へ向かう。
「玄武だ。」
「あいつら寮行事から帰ってきたぞ。」
「この時間から馬庭球か。」
校舎の窓や渡り廊下から生徒たちが顔を出し、馬庭球場の周りは自然と人だかりになっていく。
玄武寮は兵学館で最も人数の少ない寮だった。
しかし、その実力は誰もが認めている。
「少数精鋭だからな。」
「誰が出ても上手い。」
そんな声があちこちから聞こえた。
氏治は練習を眺めながら朝基へ尋ねる。
「玄武は、なぜこれほど皆が上手い。」
朝基は少し照れくさそうに笑った。
「私だけではありません。」
そう言って一人の青年を手招きする。
「こちらは玄武寮副寮長、赤井義勝です。」
館林出身の青年は一礼した。
「赤井義勝と申します。」
派手さはない。
だが一年生の周りには自然と赤井の姿があった。
「やってみよう。」
それだけ言って見守る。
一年生は失敗する。
赤井は笑って尋ねる。
「何が難しかった?」
「……鞠ばかり見てしまいました。」
「じゃあ次は?」
「馬だけ見て走ってみます。」
答えは教えない。
質問だけで、自分で答えへたどり着かせる。
氏治は感心した。
「教えるのが上手いな。」
朝基は首を横に振る。
「義勝は、教えないのが上手いんです。」
赤井も苦笑する。
「答えを渡してしまえば、その場で終わります。」
「自分で気付けば、一生忘れません。」
一方で朝基は別の一年生へ紙を渡していた。
「分からないことを書いてみよう。」
「全部ではなく、一つずつ。」
「頭の中を整理しよう。」
複雑だった表情が、紙へ書き出すたびに落ち着いていく。
氏治は二人を見比べた。
朝基は分析し、道筋を示す。
赤井は問い掛け、気付かせる。
教え方は違う。
だが、どちらも人を育てることに長けていた。
そして、その姿を玄武寮生たちは毎日見て育つ。
だから二年生は一年生へ。
三年生は二年生へ。
自然と同じように教え始める。
「ここまではできている。」
「次はこれだけ。」
「焦らなくていい。」
「一緒に考えよう。」
玄武寮では、教え方まで受け継がれていた。
氏治は馬庭球場を見渡し、満足そうに頷く。
「なるほど。」
「少数精鋭の理由が分かった。」
「強い者がいるからではない。」
「人を育てられる者がいるから、皆が強くなるのだ。」
夕刻の馬庭球場には、鞠を追う歓声と、それを優しく導く先輩たちの声が、いつまでも響き続けていた。




