夏の朝、決戦前
夏の朝。
霞ヶ浦から吹く涼しい風が、湖畔の練習場を吹き抜けていた。
練習試合とは思えぬほどの人が集まり、土浦は朝から祭りのような賑わいを見せている。
屋台では握り飯や団子、冷やした甘酒が売られ、瓦版屋は「本日の見どころ」と書かれた紙を配っていた。
兵学館最強・玄武寮。
規律を誇る朱雀寮。
その一戦を見ようと、学生だけでなく町人までもが湖畔へ足を運んでいた。
玄武寮が到着すると、朝基は馬を降り、氏治へ深く一礼する。
「殿、おはようございます。」
「本日は玄武寮、全力を尽くします。」
氏治も笑みを浮かべた。
「うむ。今日は存分に見せてもらおう。」
挨拶を終えると、各寮はそれぞれ試合前の鍛錬へ移る。
朱雀寮の相手を務めたのは青龍寮だった。
「では一本!」
朝綱の号令とともに、青龍寮が一気に攻め込む。
幹康は笑いながら木槍を振るう。
「朝綱兄、守ってばかりじゃ勝てないぞ!」
「今日は攻めてこい!」
朱雀寮は陣形を崩さず受け止める。
青龍は次々と勝負を仕掛け、そのたびに朱雀は基本どおりに受け流していく。
互いに笑いながらも、馬の動きも木槍さばきも真剣そのものだった。
一方、玄武寮の向こうでは白虎寮が待っていた。
義広は帳面を閉じる。
「今日は観察ではありません。」
「胸をお借りします。」
朝基は微笑む。
「いつでもどうぞ。」
開始の合図と同時に、白虎は細かく隊形を変えながら玄武へ迫る。
右へ寄せる。
左へ寄せる。
一人を徹底して囲む。
次々と試しては、玄武の反応を探る。
しかし玄武は慌てない。
一つ崩されれば、別の者が埋める。
押されても隊列は乱れず、守りから一瞬で反撃へ転じる。
「やはり速い……。」
義広は思わず呟いた。
試すたびに新しい答えが返ってくる。
それだけでも十分な収穫だった。
氏治は二つの練習を交互に眺めながら静かに頷く。
「よい。」
「互いに競い、互いに鍛えている。」
「敵ではなく、良き好敵手なのだな。」
やがて朝日も高くなり始める。
教官が法螺貝を吹いた。
「そこまで!」
両方の練習が同時に終わる。
学生たちは互いに礼を交わし、それぞれの寮へ戻っていく。
汗を拭き、馬へ水を飲ませ、木槍を持ち替える。
練習の笑顔は消え、一人ひとりの表情が引き締まっていく。
朱雀寮は湖畔の南側へ。
玄武寮は北側へ。
青龍と白虎も観戦席へ下がり、それぞれ仲間の健闘を祈る。
湖畔に張り詰めた静寂が訪れた。
いよいよ兵学館中が注目する一戦。
朱雀寮と玄武寮の練習試合が、まもなく始まろうとしていた。




