馬庭球速報
夏の夜。
朱雀寮の広間には灯明が並び、学生たちは思い思いに机へ向かっていた。
個室は寝るためだけの部屋。
勉強も議論も、すべて広間で行うのが朱雀寮の習わしである。
算術を教え合う者。
築城図を広げる者。
外国語を学ぶ者。
兵法書を読み比べる者。
静かな熱気が広間を包んでいた。
その一角で、一人の学生が夢中になって筆を走らせている。
氏治は興味を引かれ、その机へ歩み寄った。
「何を書いている。」
学生は立ち上がり、少し恥ずかしそうに一礼する。
「馬庭球の瓦版です。」
「交流戦をまとめた『馬庭球速報』を作っています。」
氏治は笑みを浮かべた。
「ほう、読ませてもらおう。」
学生は嬉しそうに原稿を広げた。
青龍寮
「青龍寮は、冒険を尊ぶ寮です。」
「ここぞという勝負どころでは迷わず攻めます。」
「守り合いよりも打ち合いを好み、試合が激しくなるほど持ち味が生きます。」
「一度勢いに乗れば連続得点で一気に勝負を決める爆発力は四寮随一。」
「その代わり、攻めが失敗すれば隙も大きくなります。」
「ですが、その思い切りの良さこそ青龍寮の強さです。」
「観客を最も沸かせるのも青龍寮でしょう。」
氏治は笑った。
「幹康らしい。」
「勝負どころを逃さぬ胆力は、将として何より大切だ。」
白虎寮
学生は一枚紙をめくる。
「白虎寮は、見聞と記録を何より重んじます。」
「交流戦のたびに相手を観察し、帳面へ細かく書き残します。」
「誰がどちらへ攻めるか。」
「どの時間帯に疲れを見せるか。」
「どの馬が速く、どの馬が持久に優れるか。」
「すべてを調べ上げます。」
「その積み重ねた見聞をもとに、試合ごとに布陣を変え、相手に合わせて極端な守り方や徹底した印付けを行います。」
「狙うのは相手の長所を消すこと。」
「得意な戦いをさせず、自分たちの流れへ引き込みます。」
「そのため学生の間では、一番戦いたくない相手は白虎だと言われています。」
「勝っても負けても、自分たちの手の内をすべて見抜かれたような気持ちになるからです。」
氏治は深く頷いた。
「敵を知ることをここまで極めるとは。」
「まことに恐ろしい相手だ。」
玄武寮
広間が少し静かになる。
「交流戦勝率八割。」
「現在、兵学館最強の寮です。」
「最大の強みは、個々の技量の高さと選手層の厚さ。」
「誰が出場しても戦力が落ちません。」
「さらに攻守の切り替えは四寮で最も速く、守りから一瞬で攻めへ転じる鋭い反撃は玄武寮のお家芸となっています。」
学生は少し声を落とした。
「ですが、本当に恐ろしいのは寮長・結城朝基殿の存在です。」
「兵学館では朝基殿を『今韓信』と呼ぶ者までおります。」
「戦の流れを読む早さ。」
「兵を動かす巧みさ。」
「味方の長所を最大限に生かす采配。」
「どれを取っても兵学館随一です。」
「玄武寮が強いのは、一人ひとりが強いからだけではありません。」
「朝基殿の指揮の下、寮全体が一つの軍として動くからです。」
氏治は静かに息をついた。
「良き将がいれば、兵は何倍にも強くなる。」
「見事なものだ。」
朱雀寮
最後に学生は少し照れながら自分たちの記事を読み始めた。
「軍として見れば、最も定石どおりの戦いをする寮です。」
「陣形を崩さず、互いを助け合い、無理な攻めはしません。」
「規律と団結では四寮随一でしょう。」
広間から小さな笑いが起こる。
「ですが、学業第一です。」
「交流戦の日でも、まずは勉強。」
「練習時間は四寮で一番少ないと思います。」
朝綱も苦笑した。
学生は続ける。
「しかし、本年より馬庭球は正式な学技となり、年間王者を決めることになりました。」
「そうなれば朱雀寮も本格的に鍛錬を始めます。」
「規律があり、基本に忠実。」
「個々の力では劣っても、全員が同じ考えで動けるのが朱雀寮の強みです。」
「本気で取り組めば、一番伸びる可能性を秘めているのは朱雀寮ではないかと思っています。」
読み終えると学生は不安そうに氏治を見た。
氏治は原稿を静かに閉じる。
「良い瓦版だ。」
「勝敗だけではない。」
「それぞれの寮が何を大切にし、どのような戦いを目指しているのかが伝わってくる。」
学生は嬉しそうに深く頭を下げた。
その時、朝綱が静かに口を開いた。
「殿。」
「明日は朱雀寮と玄武寮の練習試合がございます。」
「玄武寮は兵学館最強。」
「朱雀寮は学業第一。」
「力の差はございますが、だからこそ学ぶことも多い試合になります。」
朝綱は深く一礼した。
「明日は殿をお連れいたします。」
「ぜひ、兵学館の学生たちの戦いをご覧ください。」
氏治は静かに頷いた。
「よかろう。」
「一人の学生として、見届けることにしよう。」
こうして翌日、兵学館最強・玄武寮と、規律を誇る朱雀寮との練習試合が行われることとなった。
その一戦は、氏治にとって兵学館の真価を知る、忘れ難い一日となるのであった。




