一日だけの学生
四寮長の願いを聞き入れた氏治は、翌日だけ兵学館の学生として過ごすことを決めた。
「殿は政務も戦支度もございます。長くお引き止めはできません。」
宇都宮朝綱が頭を下げる。
「ですが、一日だけでも私どもと共に学んでいただければ、それだけで本望にございます。」
氏治は微笑んだ。
「よかろう。今日は主君ではない。一人の学生として学ばせてもらう。」
翌朝、氏治は学生服に袖を通し、兵学館へ姿を現した。
迎えたのは治彦と学長モンケである。
「本日は殿ではなく、一人の学生として扱います。」
治彦は笑って言った。
「それで構わぬ。」
氏治も笑みを返した。
歩きながら治彦は兵学館の仕組みを説明する。
「当初は授業を細かく決めていましたが、学生ごとの興味が違いすぎました。」
「そこで今は、読み書きと算術だけを必修としています。」
「歴史、築城、軍学、商学、農学、鍛冶、語学はすべて選択制です。」
「午前は基礎を学び、午後は自分で学ぶ。」
「金・土・日は授業そのものがなく、自主研究や商売、競技、実験に充てています。」
氏治は頷いた。
「教えるより、自ら学ばせるのだな。」
「ええ。兵学館そのものが教室です。」
その日は八月。
夏季閉館中にもかかわらず教室から声が聞こえてくる。
氏治は首をかしげた。
「休みではなかったか。」
「正式な授業は休みです。」
治彦は笑った。
「ですが、あれは学生による自主勉強会です。」
教室では築城について学生たちが議論を交わしていた。
「堀を深くすべきだ。」
「いや、城下町を広く取るべきだ。」
「城壁の中をもっと活用できないか。」
教官は一人もいない。
学生だけで議論が進んでいく。
「なるほど。」
氏治は感心した。
「休みでも学ぶ者は学ぶのか。」
「好きなことですから。」
治彦は笑った。
途中、売店へ立ち寄る。
学生たちは握り飯や筆を買っていたが、誰も銭を使っていない。
「紙か。」
氏治は不思議そうに尋ねた。
「兵学館専用の紙幣です。」
治彦は一枚を手渡した。
「軍票をもとに作りました。」
「学生への給金は基本的にこれで支給します。」
「登録した店なら町でも使え、あとで兵学館が銭と交換します。」
氏治は感心した。
「帳簿も金の使い方も学生のうちに学べるのだな。」
「それも教育です。」
午前最後の講義は築城だった。
演習場では学生たちが土を掘っている。
しかし、その土は直接積み上げず、すべて丈夫な麻袋へ詰めていた。
「土嚢か。」
モンケは頷いた。
「築城を誰でも同じように行えるよう、まず土嚢を規格化しています。」
学生たちは同じ大きさの土嚢を並べ、図面どおりに積み上げていく。
あっという間に胸壁ができ、馬出しができ、銃座まで完成した。
「誰が積んでも同じ陣地になります。」
「壊しても、また同じように作れます。」
治彦は規格書を広げる。
「何袋で胸壁。」
「何袋で馬出し。」
「何袋で銃座。」
「数字で管理しています。」
氏治は完成した陣地を見つめ、静かに笑った。
「これだ。」
治彦が振り向く。
「本隊でも採用する。」
演習場が静まり返る。
「戦場で一から土を盛るより、麻袋を持参すれば短時間で誰でも同じ陣地を築ける。」
モンケも満足そうに頷いた。
「兵学館の教材が、そのまま軍の教本になります。」
氏治は土嚢を持ち上げながら力強く言った。
「同じものを、誰でも、どこでも作れる。」
「兵学館だけでは惜しい。」
「これより坂東軍の標準築城法とする。」
学生たちから歓声が上がる。
治彦はその様子を見ながら静かに笑った。
「兵学館で学んだことが、そのまま国を強くする。」
氏治もまた満足そうに頷いた。
一日だけの学生生活は、主君にとってもまた、新たな学びの始まりとなっていた。




