箱根西麓――勝って終えたい織田、箱根まで欲する徳川
箱根西麓――勝って終えたい織田、箱根まで欲する徳川
箱根西麓に集まった織田・徳川軍は、すぐには動かなかった。
動けなかった、という方が近い。
目の前にある箱根は、あまりにも攻めにくい。
険しい山岳そのものが天然の城壁であり、通れる道は限られている。そのうえ小田方は、北条との長年の軍事交流によって箱根の重要性をよく知っていた。
真壁幹久。
その弟、笠間幹永。
宍戸。
下総衆。
南常陸衆。
彼らが既存の砦群へ入り、駿河と甲斐の双方を睨むように陣地を構えている。
さらに小田原では小山勢が再編中であり、立て直しが終われば再び箱根へ入ってくることも分かっていた。
織田も徳川も、むやみに攻めるほど愚かではない。
兵を集める。
鉄砲を集める。
兵糧を運ぶ。
道を調べる。
小田方の砦の配置を探る。
そうして攻撃準備を進めていた。
ところが、兵が集まれば集まるほど、別の問題が大きくなっていった。
そもそも、この戦をどこまで続けるのか。
織田と徳川で、その答えが違っていたのである。
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織田方は表立っては言わなかった。
徳川との同盟がある。
そして何より、この戦そのものが徳川からの援軍要請によって始まっている。
だから、
「もう帰ろう」
などとは簡単には言えない。
だが本心では、かなりの者が同じことを考えていた。
もう十分ではないか。
すでに甲斐を取った。
駿河も取った。
これは小さな戦果ではない。
東海道の要地を大きく東へ押し広げ、織田・徳川側は明確な勝者となっている。
ならばここで講和する。
甲斐と駿河の支配を固める。
それでよいではないか。
箱根を越えれば相模である。
そこから先は、もはや傷ついた北条を追撃するだけの戦ではない。
小田氏治が小田原城へ入った。
箱根には小田軍がいる。
北では新田が上州へ戻り、武田信繁との合流を急いでいる。
南では結城朝基が動いている。
つまり箱根を越えれば、
小田との全面戦争になる。
それは織田が徳川から援軍を頼まれた時点で想定していた戦争とは、すでに別物になりつつあった。
しかも悪い知らせが次々と西から届く。
三河沿岸に坂東艦隊が現れた。
遠江にも現れた。
伊勢・三河水軍は坂東フリガッタとの海戦で湾内へ押し込められ、容易に外へ出られなくなった。
東海道沿岸の海上輸送も封鎖されている。
その海を使って、今度は結城朝基が鹿島・相馬の援軍を率いて上陸を繰り返している。
岡崎周辺。
浜松周辺。
軍倉庫が襲われた。
軍事施設が破壊された。
守備兵を集めた。
ところが、ようやく兵が到着すると結城勢は戦わず船へ戻った。
追おうにも海には坂東艦隊がいる。
そして数日すると、また別の場所に現れる。
織田方の将たちは、その報告を聞くたびに思う。
三河も遠江も荒らされている。
甲斐も安全ではない。
それなのに――
なぜ我らは箱根の山を攻めるために、ここへ居続けなければならないのか。
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徳川方も、三河・遠江の知らせを軽く見ているわけではなかった。
むしろ織田方以上に気になっている。
岡崎で何かあった。
浜松の近くへ坂東勢が上陸した。
軍の蔵が焼かれた。
守備兵を向かわせた。
敵は逃げた。
そうした知らせが届くたび、徳川諸将の表情は険しくなる。
自分たちの土地である。
家族や家臣の家もある。
当然、帰りたい者もいる。
それでも徳川方には、
ここまで来て箱根を取らずに帰れるか。
という思いがあった。
今回の戦だけを見ても、徳川は相当に傷ついている。
さらに徳川にとって北条との戦いは、今回突然始まったものではない。
すでに北条氏康は数年前に病没している。
氏康本人を討つことなど、もはやできない。
だが――
氏康との戦いで受けた傷まで、死んだわけではなかった。
三方ヶ原。
かつて北条氏康率いる軍勢と激突し、徳川はそこで多くの諸将を失った。
あの戦場で死んだ者。
傷を負った者。
家を継ぐはずだった者を失った家。
主を失った家臣。
それらの記憶は徳川家中に残っている。
氏康はもういない。
そして今回、その後を担っていた氏政まで正面突破の激戦で討死した。
だからこそ、徳川方には奇妙な感情があった。
北条を滅ぼしたいわけではない。
相模すべてを取らなければならないわけでもない。
小田原まで攻め込みたいわけでもない。
だが、せめて――
箱根までは取りたい。
そこが徳川方の考える終着点だった。
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評定で徳川方は地図を指した。
「箱根を取る」
織田方から問いが返る。
「その先は」
「行かぬ」
「小田原を攻めぬと?」
「攻めぬ」
徳川方の指が、箱根を南北に横切った。
「ここで線を引く」
箱根より西。
甲斐。
駿河。
そこまでを織田・徳川側。
箱根より東。
相模。
武蔵。
その先の坂東。
そこは北条・小田側。
「箱根を境として講和する。それでよい」
徳川方からすれば、かなり譲った案だった。
北条を滅ぼさない。
小田原を攻めない。
相模へ侵攻しない。
ただ箱根だけは取る。
それを今回の戦争の最後の戦果とする。
だが織田方には、それすら危険に見えた。
「箱根を取る、と簡単に申されるが」
織田方の将が地図を見た。
「その箱根を誰が守っている」
誰も答えない。
真壁。
笠間。
宍戸。
下総衆。
南常陸衆。
しかも砦に籠もっている。
「これを取るために、あと何人失う」
徳川方が答える。
「ここまで来たのだ」
「それは理由にならぬ」
空気が張った。
「甲斐を得た。駿河を得た。我らは勝っている」
織田方の声が低くなる。
「勝っている戦を、なぜ箱根一つのために危うくする」
徳川方も譲らない。
「箱根を残せば駿河が安定せぬ」
「ならば駿河側に砦を築けばよい」
「箱根そのものを押さえた方がよい」
「そのために真壁らの陣へ正面から入るのか」
議論はまた元へ戻った。
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さらに甲斐から知らせが入った。
上州で新田勢が動いている。
武田信繁との合流が近い。
目的は碓氷峠。
そこから甲斐へ入るつもりらしい。
織田方は言った。
「ほら見よ。箱根だけを見ている場合ではない」
徳川方は逆に言った。
「だから急いで箱根を取らねばならぬ」
同じ知らせを聞いているのに、結論が正反対だった。
三河・遠江から新たな使者が来た。
結城朝基がまた上陸した。
守備兵を動かした。
また逃げられた。
織田方は言う。
「講和して兵を戻すべきだ」
徳川方は言う。
「だから箱根を落としてから戻るべきだ」
また同じだった。
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織田方にとって、この戦争はすでに勝っていた。
甲斐。
駿河。
それだけ取れば十分だった。
これ以上進めば戦果が増える可能性はある。
だが同時に、小田を本格的に戦争へ引きずり込み、上州、伊豆、相模、三河、遠江、そして海まで含む大戦争になる危険がある。
大掾幹康が堺封鎖を思い留まったのと同じように、織田方もまた、越えてはならない線を感じ始めていた。
一方、徳川方にとって戦争はまだ終わっていなかった。
氏康本人はすでに死んでいる。
氏政も死んだ。
だから復讐すべき相手がそこに立っているわけではない。
それでも、三方ヶ原以来積み重なった損失まで消えるわけではなかった。
これほど血を流した。
甲斐を取った。
駿河を取った。
ならば最後に箱根を取る。
箱根を境として線を引く。
そこまでやって初めて、長く続いた北条との戦いを終えられる。
徳川方にはそう見えていた。
織田方には、まったく違って見えていた。
箱根を取れば終わるのではない。
箱根を取るから、次の戦が始まるのではないか。
夜になっても評定は終わらなかった。
その間にも、箱根の東では真壁幹久らが静かに砦を守っている。
攻めてこない。
挑発もしない。
ただ待っている。
北では新田が武田信繁のもとへ急ぐ。
南の海では坂東艦隊が東海道を封鎖し、その船を使って結城朝基が三河・遠江を揺さぶり続ける。
時間が経てば経つほど、織田方は講和を望む。
そして時間が経てば経つほど、徳川方は焦る。
同じ陣にいる二つの軍。
同じ地図。
同じ敵。
同じ戦況。
それでも、二者が求める終戦の場所だけが違っていた。
織田にとって戦争の終わりは、すでに手に入れた甲斐と駿河にあった。
徳川にとって戦争の終わりは、そのもう一歩先――
箱根にあった。




