表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
1014/1023

十月――坂東の門

十月――坂東の門


北条氏邦と傷ついた北条勢が小田原へ下っていったころ、箱根だけが動いていたわけではなかった。


小田氏治の参戦表明を受け、坂東の西側そのものが静かに戦時体制へ移っていた。


駿河から戻ってきた小山、新田、結城を箱根へ集めれば、それで済む話ではない。


甲斐がある。


織田軍はすでに甲斐へ入り、その土地を平らげながら街道を押さえ始めている。


駿河へ南下した軍勢だけを見ていれば、再び同じことをされる。


甲斐から東へ出れば武蔵。


北へ回れば上野。


そして南東へ出れば箱根。


一度、川越への迂回を許した以上、小田は二度目を許すつもりはなかった。


河越城には、常陸衆が入った。


率いるのは水戸頼家。


その任務は単純だった。


甲斐を見ろ。


敵が来ても、こちらから甲斐へ攻め込む必要はない。


織田軍が再び甲斐から武蔵へ突出しようとするなら、それを早く見つけ、河越を中心に受け止める。


かつて新田が織田別働隊と睨み合った場所に、今度は水戸頼家率いる常陸衆が立った。


前とは意味が違う。


九月には、織田軍がどこへ向かうのか分からなかった。


だから新田は動けなかった。


いまは違う。


甲斐が敵の進出拠点になることを、皆が知っている。


河越は、そのための監視点であり、防壁になった。


水戸頼家は、むやみに西へ兵を出さなかった。


物見を増やした。


道を見張った。


甲斐方面から入ってくる商人や旅人の話まで集めた。


織田の旗が見えてから動くのでは遅い。


兵糧が動いた。


馬が集められた。


道が直された。


そうした小さな変化から、次の突出を読む。


常陸衆は河越城を中心に、じっと西を見ていた。


さらに北。


碓氷峠にも兵が残されていた。


新田が川越から南へ急行したとき、すべての兵を連れてきたわけではなかった。


上野へ通じる道まで空にするわけにはいかない。


その分隊を任されたのが、武田信繁だった。


碓氷峠。


ここを抜かれれば、上野へ道が開く。


甲斐から直接来るにせよ、信濃方面を回るにせよ、西から坂東へ入ろうとする軍勢にとって重要な口の一つだった。


武田信繁はそこで動かなかった。


河越の水戸頼家と同じである。


勝ちに行く軍ではない。


通さないための軍だった。


西から物見が戻るたび、信繁は報告を聞いた。


甲斐の状況。


信濃の状況。


街道を行き交う人数。


織田勢の動き。


箱根で大戦が始まったとしても、碓氷を空けるつもりはなかった。


敵が箱根に集まっているからこそ、別の道が危ない。


小田軍は、一度それを経験している。


川越を脅かしながら、本隊は駿河へ向かった。


ならば今度は最初から、すべての口を見る。


河越には水戸頼家。


碓氷には武田信繁。


そして南には箱根。


その箱根の陣地は、単に駿河から登ってくる敵を止めるためだけに造られたものではなかった。


真壁幹久が預かる箱根砦は、二方向を睨んでいた。


一つは駿河。


もう一つは甲斐。


駿河から東へ押してくる徳川。


甲斐から南東へ回り込もうとする織田。


どちらか一方だけを見て陣を組めば、もう一方に側背を取られる。


だから最初から、双方から敵が来るものとして設計されていた。


真壁幹久は箱根軍全体を見た。


弟の笠間幹永は、その中で兵の配置を細かく動かした。


駿河側の道。


甲斐側へ通じる道。


尾根。


谷。


物見。


柵。


兵糧を置く場所。


負傷者を後ろへ送る道。


どこか一つが戦場になっても、もう一方への警戒を解かなくて済むようにする。


それが箱根砦だった。


そして今、その陣地に実戦を経験した軍勢が次々と加わっていた。


小山義広。


新田勢。


結城朝基。


彼らは皆、傷ついていた。


特に小山と結城の消耗は大きい。


だが、ここまで来れば休ませることができた。


負傷者を小田原へ送る。


傷の浅い者は後方へ下げる。


兵糧を食わせる。


武具を直す。


鉄砲玉を補う。


馬を替える。


そして真壁・笠間の箱根軍が前を受け持つ。


駿河で小山が羨んだ、織田・徳川の補給の早さ。


それを今度は小田側が得ていた。


箱根の後ろには小田原がある。


さらにその先には坂東がある。


常陸、下野、上野から兵も物も動かせる。


戦場は、ようやく小田側の補給圏へ入ったのである。


だが、敵も止まってはいなかった。


織田・徳川軍も傷ついていた。


北条の掛川突破。


長篠での戦闘。


小山の包囲突破。


新田の救援。


結城の殿。


駿河から箱根まで、追う側も何度となく血を流した。


織田軍にも疲労はある。


徳川軍にも負傷者はいる。


旗の下にいる兵の数も、戦役開始時より減っていた。


それでも集まってくる。


三河、遠江、駿河から徳川勢が上がってくる。


甲斐から織田勢が動いてくる。


傷ついた隊は後ろで整えられ、動ける隊が前へ送られる。


一隊。


また一隊。


箱根から西を見れば、昨日までなかった旗が今日には増えていた。


物見が真壁幹久へ報告した。


北条氏邦と傷ついた北条勢が小田原へ下るころ、坂東西側も戦時体制へ移っていた。


小田氏治は、駿河から戻った小山、新田、結城を箱根へ集めるだけでは足りないと考えた。織田軍は甲斐へ入り、街道を押さえ始めている。甲斐から東へ出れば武蔵、北へ回れば上野、南東へ進めば箱根だった。


一度、川越への迂回を許した小田は、二度目を許さない。


河越城には水戸頼家率いる常陸衆が入った。任務は甲斐の監視である。織田軍が甲斐から武蔵へ出ようとすれば、早期に察知し、河越を中心に受け止める。


水戸頼家は西へ兵を出さず、物見を増やし、道を見張り、商人や旅人の話まで集めた。兵糧、馬、道の変化から敵の動きを読む。河越は監視点であり、防壁となった。


北の碓氷峠には武田信繁が残った。ここを抜かれれば上野への道が開く。信繁もまた、勝ちに行くのではなく、敵を通さないために峠を守った。


箱根の真壁幹久と笠間幹永は、駿河と甲斐の両方を睨んでいた。駿河から押す徳川と、甲斐から南東へ回る織田。どちらか一方だけを見れば、もう一方に側背を取られる。


小山義広、新田勢、結城朝基も箱根へ加わった。皆傷ついていたが、ここでは負傷者を小田原へ送り、兵糧や武具を補い、後方で立て直せる。箱根の後ろには小田原があり、その先には常陸、下野、上野がある。戦場は小田側の補給圏へ入った。


敵もまた傷ついていた。掛川突破、長篠、小山の包囲突破、新田の救援、結城の殿。織田・徳川軍も血を流し、兵を減らしていた。それでも三河、遠江、駿河から徳川勢が集まり、甲斐から織田勢が動く。


「徳川勢、また増えました」


別の物見も来た。


「甲斐口にも織田勢」


幹久は地図を見た。


報告を聞き、真壁幹久は地図を見た。


やはり両方だった。


駿河から押す。


甲斐からも圧力をかける。


九月に北条を崩した形を、今度は箱根で作ろうとしている。


だが、同じではない。


あのとき北条軍は掛川で徳川と向き合い、その後ろへ織田軍が突然現れた。


いまは最初から分かっている。


駿河にも敵がいる。


甲斐にも敵がいる。


だから両方へ陣を向けてある。


笠間幹永が兄のところへ来た。


九月に北条を崩した形を、今度は箱根で作ろうとしている。だが、今回は違う。駿河にも甲斐にも敵がいることを、最初から知っている。


笠間幹永が尋ねた。


「駿河口、増やすか」


幹久は首を振った。


「まだよい」


「甲斐か」


「そちらも見る」


弟は少し笑った。


「欲張りだな」


「一度、回られているからな」


それで話は終わった。


幹永は持ち場へ戻っていった。


箱根の後ろでは、北条の負傷兵が小田原へ下っている。


そのさらに向こうでは、北条氏邦が残った家臣を集め始めている。


河越では水戸頼家が甲斐からの突出を待つ。


碓氷では武田信繁が峠を閉じる。


そして箱根では、真壁幹久と笠間幹永が駿河と甲斐の双方を見ていた。


箱根の後ろでは負傷兵が小田原へ下り、河越では水戸頼家が甲斐からの突出を待ち、碓氷では武田信繁が峠を閉じていた。


坂東の西口が、一つの戦線になり始めていた。


夕刻。


真壁幹久は箱根から西を眺めた。


遠くに火が見える。


一つではない。


駿河側にも。


甲斐側にも。


織田と徳川が集まりつつある。


こちらも傷ついている。


向こうも傷ついている。


誰も万全ではなかった。


それでも双方が兵を集めていた。


九月から続いた大迂回は、北条軍を破壊した。


氏政を討ち取り、甲斐を織田の手へ落とし、駿河から北条を追い出した。


その意味では、織田・徳川の作戦は大きな成功を収めている。


だが、そこで終わらなかった。


追い続けた先にあったのは、小田原だけではない。


夕刻、箱根の西に火が見えた。駿河側にも、甲斐側にも陣火が増えている。


九月から続いた大迂回は北条軍を破壊し、氏政を討ち、甲斐を織田の手へ落とし、駿河から北条を追い出した。だが、追い続けた先にあったのは小田原だけではない。


河越。


碓氷。


そして箱根。


坂東へ入る道ごとに、小田の兵が待っていた。


やがて西の山肌に、また新しい陣火が灯った。


真壁幹久はそれを数えた。


隣で笠間幹永も見ている。


箱根まで追われ続けた戦は、ここで形を変えようとしていた。


今度は坂東の側が、織田と徳川を待っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ