天正三年六月――動かぬ者を動かす
六月。
長篠から天神山方面へ後退した北条勢は、本当にそこで止まった。
一度退いた軍というものは、勢いに押されてそのまま崩れることがある。
だが北条氏政は、それを許さなかった。
前線から戻った兵をそのまま次の陣へ入れない。
いったん後方で休ませ、人数を数え、負傷者を分け、鉄砲と弾薬を確認してから配置し直す。
街道には柵が立った。
脇道には小さな番所が置かれた。
川沿いには土塁が伸びた。
高所には物見が置かれ、その後ろには兵糧が積まれる。
そして何より、前の戦場より守る範囲を狭くした。
徳川へ戻ろうとする者が多い土地を無理に抱え込まない。
北条への帰属が固い場所まで引き、そこから先を守る。
五月の長篠で一歩を譲った氏政は、六月になると再び動かなくなった。
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織田・徳川も追わなかった。
いや、追えなかった。
家康にとっては大きな成果だった。
旧臣が帰ってくる。
失地が戻る。
北条の前線も後退した。
ここで欲を出して北条の新しい陣へ飛び込めば、今度は自分たちが長篠で待っていた北条と同じ立場になる。
信長もそれを理解していた。
柵を捨てて追いかけ、敵の土塁へ突撃する。
そんなことをするために東海道まで来たわけではない。
そこで両軍は再び睨み合った。
鉄砲は鳴る。
小競り合いもある。
だが主力は動かない。
戦場だけを見れば、六月は静かだった。
しかし――
東国全体は、そうではなかった。
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兵庫津。
清盛館へやって来た松浦は、いつもの帳面とは別に一通の書状を持っていた。
「坂東からでございます」
少弐が受け取る。
「長篠?」
「長篠だけではございません」
少弐は顔を上げた。
松浦が地図を広げた。
まず駿河。
次に相模。
そして常陸。
最後に越後を指した。
「北条殿が、小田へ使者を出したようです」
少弐の表情が変わった。
「援軍?」
「そこまでは分かりませぬ」
それが重要だった。
北条と小田は、昨日今日結んだ同盟ではない。
長年、同じ戦場に立ってきた。
将兵の往来もある。
軍事技術も交換してきた。
戦場で互いの兵糧を融通したことも、一度や二度ではない。
だからこそ氏政は、簡単には小田へ援軍を求めなかった。
徳川との境目争いは、まず北条自身の問題である。
その考えがあった。
だが織田が入った。
戦の規模が変わった。
そして六月になっても、信長は東海道から去らない。
「氏政殿も、そろそろ確認したくなったのかな」
少弐が言った。
「何をでございます?」
「これはまだ北条と徳川の戦なのかって」
四十郎が黙って地図を見た。
織田が入った時点で、答えは曖昧になっていた。
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さらに数日後。
今度は渡辺のところへ京から話が来た。
織田家中では、北条の背後にいる小田と上杉の動向を探っているという。
佐野については、すでに不干渉の約定がある。
だが小田は違う。
佐野は、
「小田と佐野は別である」
と言った。
つまり織田から見れば、
小田については何の保証もない。
そして上杉も同じだった。
東国三国同盟。
小田・北条・上杉。
北条一国を押し返したところで、残る二国が動けば話はまったく変わる。
信長はそれを無視できなかった。
「それで織田は?」
少弐が聞く。
渡辺は首を振った。
「まだ動きませぬ」
「小田も?」
「動いたとの報せはございません」
「上杉も?」
「ございません」
少弐は腕を組んだ。
「みんな動かないな」
四十郎が笑った。
「今年の戦は、動かぬことが流行っておりますな」
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だが、氏治のもとでは評定が始まっていた。
その詳しい内容が兵庫津まで届くには時間がかかった。
断片だけが先に来た。
北条から使者。
徳川・織田の戦況について報告。
北条から直ちに大軍を求める言葉はない。
しかし、
「織田がこのまま東へ戦を広げるならば、三国の約定を改めて確認したい」
という趣旨だったらしい。
これは援軍要請より重かった。
兵を二千、三千貸してくれという話なら、兵を返せば終わる。
だが、
東国三国同盟とは何なのか。
その確認となれば話は違う。
小田も答えなければならない。
そして上杉も。
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六月半ば。
氏治から北条へ返答が送られた。
少弐がその内容を知ったのは、さらに後のことである。
返事は単純だった。
北条が徳川との旧領争いを続ける限り、小田は兵を出さない。
だが、その後に一文があった。
織田が北条領そのものへ攻め入り、東国三国の均衡を崩すならば、この限りではない。
少弐はそれを聞いて、
「氏治公らしいな」
と言った。
北条だから無条件に助けるのではない。
徳川にも徳川の言い分がある。
かつての領地を取り戻そうとしているだけなら、小田が出ていく理由はない。
しかし織田がその勢いのまま北条を滅ぼそうとするなら話は変わる。
それは境目争いではなく、
東国の秩序そのものへの侵入
になる。
氏治はそこに線を引いた。
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上杉からも、ほぼ同じ趣旨の返答が来た。
ただし、越後には別の問題があった。
上杉家中である。
長く続いた戦。
代替わりを見据えた家中の思惑。
北陸と関東、双方へ広がりすぎた領国。
そして東国三国同盟の中で、自分たちはどこまで北条を支えるのか。
六月の越後では、表立った戦は起きていない。
だが評定が増えた。
使者が走った。
諸将が春日山へ呼ばれた。
それまで外へ向けていた目が、少しずつ内側へ向き始めていた。
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一方、天神山方面。
氏政のもとへ小田の返書が届いた。
氏政は読み終えると、しばらく黙っていた。
援軍は来ない。
だが見捨てられたわけでもない。
ここから先へ信長が来れば、小田が動く可能性がある。
それで十分だった。
「ならば、ここで止める」
氏政はそう決めた。
徳川の旧領を取り返すため、こちらから攻める必要はない。
信長を倒す必要もない。
ただ、
これ以上東へ来させなければよい。
北条勢はさらに陣地を整えた。
土を掘る。
柵を立てる。
鉄砲を並べる。
兵糧を蓄える。
織田徳川が来るなら待つ。
来ないなら、こちらも行かない。
こうして六月の戦線は、再び固まった。
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月末。
少弐は記録帳を開いた。
五月の末には、
北条氏政、天神山方面へ退き、新たに防衛線を築く。
とある。
その下へ六月の記録を書いた。
北条、天神山方面にて陣を固む。織田徳川、追撃せず。
続けて、
北条、小田へ東国三国の約定を問う。
そして、
小田、旧領争いには介入せず。ただし織田が北条領へ深く攻め入るならば別と答う。
少弐はそこで筆を止めた。
「これで終わるかな」
四十郎が聞いた。
「終わってほしいね」
少弐は本気でそう思った。
北条は一歩退いた。
徳川は土地を取り戻した。
信長も目的の一部を果たした。
ここで皆が止まれば、それで済む。
だが戦というものは、
勝った側が、もう一歩だけ欲しくなる。
その一歩で再び始まることがある。
少弐は最後に、小さく一行だけ書き加えた。
「双方、なお兵を解かず。」
そして同じころ。
誰もまだ大きな問題とは考えていなかった越後では――
春日山へ集められた上杉の諸将たちが、
北条を助けるかどうかとは別のことで、
少しずつ意見を違え始めていた。




