天正三年二月――城を村へ返す
元就の葬儀から少弐が兵庫津へ戻って間もなく、瀬戸内会議ではまた一つ、戦後処理の議題が上がった。
今度は、城だった。
播磨には城が多すぎた。
長い戦乱の間、国人たちは自分の土地を守るために山へ入り、尾根を削り、堀を掘り、柵を巡らせた。
小さな砦まで数えれば、どれほどあるのか分からない。
だが戦が終わってみれば事情は変わっていた。
主が討死した城。
家そのものが備前へ移ったため、必要なくなった城。
焼け落ちて再建する意味のない城。
一つの家が以前ほど広い領地を持たなくなり、維持できなくなった支城。
そして戦時に急造した砦。
それらを全部残せば、人も銭も取られる。
一方、村には何もなかった。
「材木が足りませぬ」
評定で報告が上がった。
「橋にも、家にも、蔵にも」
瓦も足りない。
石もいる。
釘もいる。
縄もいる。
焼けた村では家を建て直さなければならず、街道では橋が落ち、用水路も壊れている。
少弐は地図に残された城々を見た。
「だったら、これを使えない?」
皆が地図を見る。
「城を?」
「うん」
少弐は言った。
「もう使わない城を壊そう」
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最初は誰もすぐには答えなかった。
城は単なる建物ではない。
家の象徴でもある。
先祖が守った城もある。
そこで討死した者もいる。
昨日まで命を懸けて奪い合っていた場所を、今日は材木として解体する。
抵抗がないはずはなかった。
だから一律にはしなかった。
まず各家に、
今後も防衛・行政上必要な城を申告させる。
本城。
街道や港を守る要地。
国境の城。
そうしたものは残す。
一方で、主を失って無人になった城や、領国再編によって役割を失った支城、戦時だけ使った砦については、瀬戸内会議で一つずつ確認する。
赤松の者が言った。
「城を捨てれば、再び羽柴が来たときはいかがする」
少弐は答えた。
「全部は壊さない」
須磨。
生野。
兵庫津周辺。
主要街道。
必要な場所は残す。
「でも村一つに城三つはいらないだろ」
誰かが笑った。
それで空気が少し緩んだ。
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黒田はさらに実務的だった。
「破却するなら、ただ焼いてはなりませぬ」
少弐も頷いた。
今回は敵の城を壊すのではない。
建材を回収するための破却だった。
使える梁。
柱。
板。
門材。
瓦。
石。
鉄具。
釘。
縄。
蔵に残っている木材。
一つずつ外す。
まず台帳を作り、どの城から何が取れたかを記録する。
そして優先順位を決めた。
第一は住居。
帰る家を失った者へ。
次に橋。
その次に用水や共同倉庫。
さらに寺社、診療所、市場など、村々が生活を取り戻すための施設へ回す。
軍事施設だったものが、少しずつ生活のための建物へ姿を変えていく。
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面白いことに、この仕事は戦から帰った兵たちにも向いていた。
城を造った経験がある。
柵を立てられる。
堀を掘れる。
材木を運べる。
縄を扱える。
大工の手元として働ける。
昨日まで城を守っていた者が、今日はその城を解体する。
そして材木を担いで山を下りる。
麓では、それを使って家を建てる。
阿波辺岩蔵は、
「運ぶなら船も使えます」
と言った。
海や川へ出せる資材は船で運ぶ。
街道が壊れているなら、なおさら海運が役に立つ。
西海会社の船も、交易の合間に復興資材を運べる。
こうして城の破却そのものが、一つの大きな復興事業になった。
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ただし少弐は、一つだけ条件を付けた。
「全部消すのはやめよう」
古い城の中には、戦の記録として残す価値のあるものもある。
誰が守ったのか。
いつ落ちたのか。
そこで何が起きたのか。
それを調べて記録してから壊す。
城主の墓や供養塔があるなら残す。
由緒のある門や建物は、寺社や集会所へ移築することも認める。
「城をなくすからって、そこで生きていた人までなかったことにする必要はないだろ」
これには旧播磨衆も賛同した。
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やがて議決された。
播磨・備前の城郭整理。
必要な本城・国境城・港湾防衛拠点は存続。
不要となった支城・砦・無主の城は順次破却。
使用可能な建材は瀬戸内会議が買い上げ、あるいは旧所有家の同意を得て復興へ転用する。
そして城を失うことになった家には、必要なら兵庫津や新たな領地に屋敷地を用意する。
これは「城を奪う」政策ではなかった。
もう守る必要のなくなった城を、暮らすための材料へ戻す政策だった。
評定が終わると、少弐は地図を眺めた。
前年まで、この地図では城の位置ばかりを見ていた。
どこを守る。
どこを攻める。
どこへ逃げる。
どこを迂回する。
だが今度は違った。
「この城を壊したら、橋が何本架かるかな」
黒田が答えた。
「少弐殿」
「何?」
「ようやく城を見て、攻め方を考えなくなりましたな」
少弐は少し笑った。
播磨の山々から、いくつもの小さな城が消えていく。
だが、その柱は村の家になった。
門は集会所になった。
石は橋脚になった。
瓦は蔵を覆った。
戦のために山へ集められたものが、今度は人の暮らす場所へ下りてくる。
城を壊して国を壊すのではない。
城を壊して、国を直す。
それが、天正三年の播磨で始まった新しい普請だった。




